真珠王・御木本幸吉 御木本幸吉Photo
1858年(安政5年)
志摩国鳥羽町大里に父音吉・母もとの長男として出生
幼名吉松
1871年(明治4年) 青物行商を始める(13歳)
1875年(明治8年) イギリス測量船シルバー号来航 
足芸を演じ、鶏卵・青物を売り込む(17歳)
1878年(明治11年) 家督相続により御木本幸吉と改名
東京・横浜視察旅行に出発(20歳)
1881年(明治14年) 鳥羽藩士久米森造の長女うめと結婚(23歳)
1888年(明治21年) 大日本水産会幹事長柳楢悦に面会
神明浦にて真珠貝培養を試す(30歳)
1890年(明治23年) 箕作佳吉博士に面会
真珠の成因と養殖法の説明を受ける(32歳)
1893年(明治26年) 相島(現ミキモト真珠島)で半円真珠完成(35歳)
1896年(明治29年) 箕作博士の援助で半円真珠特許権を得る
妻うめ死去(38歳)
1899年(明治32年) 東京銀座裏に御木本真珠店を開く(41歳)
1905年(明治38年) 真円真珠完成(47歳)
1910年(明治43年) 日英博覧会に「軍配扇」を出品(52歳)
1919年(大正8年) 真円養殖真珠ロンドン市場に初めて出す(61歳)
1924年(大正13年) パリ真珠裁判決着(66歳)
1926年(大正15年) 欧米視察へ出発
フィラデルフィア博覧会に「五重の塔」を出品(68歳)
1927年(昭和2年) ウェストオレンジで発明王トーマス・エジソンと会見(69歳)
1930年(昭和5年) 十大発明家に選ばれる(72歳)
1932年(昭和7年) 神戸で粗悪真珠を焼却  良品販売の模範を示す(74歳)
1933年(昭和8年) シカゴ博覧会に「ワシントンの生家」を出品(75歳)
1937年(昭和12年) パリ博覧会に「矢車」を出品(79歳)
1939年(昭和14年) ニューヨーク博覧会に「自由の鐘」を出品(81歳)
1940年(昭和15年) 真珠養殖事業の禁止
各養殖場閉鎖及び縮小
所蔵真珠全部閉鎖(82歳)

1947年(昭和22年) 国定教科書に載る(89歳)
1954年(昭和29年) 死去  正四位勳一等に叙せられる(96歳)
御木本幸吉記念館
幸吉年表
幸吉の肉声