真珠王・御木本幸吉
幸吉の肉声
御木本幸吉photo 世界中の女性の首を真珠でしめてご覧にいれます
鳥羽のうどん屋「阿波幸」の長男として誕生した幸吉は、さまざまな商売を経験するなかで志摩の名産だった真珠の魅力に着目しました。当初は真珠貝の増殖、やがて真珠そのものの養殖へと試行錯誤や失敗を繰り返しながら彼は夢の実現に邁進します。それは自分の作った真珠で世界中の女性を美しく飾ることでした。
銀座に店を構え事業を拡大する一方で、幸吉は故郷伊勢志摩に惜しみない愛情をそそいでいます。事あるたびに幸吉は賓客を志摩の自宅や真珠島に招き、真珠の魅力とともに伊勢志摩の美しい景観を広く紹介しました。日本中を公園にしたい、というその願いは戦後伊勢志摩国立公園として実現します。
日本の真珠産業を築いた人物として、そしてさまざまな逸話に見られる個性豊かな人物として、御木本幸吉の生涯はいつまでも語り継がれることでしょう。
御木本幸吉は、96歳の天寿をまっとうするまで、多くの言葉を残しました。
その折々に発せられた言葉は、ときにユーモアあるれる人生訓であり、実用的な健康法であり・・・、今も新鮮さを失うことなく、私たちに日々の元気とおおらかに生きるヒントを与えてくれます。
御木本幸吉記念館
幸吉年表