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7.写真展「真珠王の住まい」

 9月17日から展覧会が始まります。「真珠王の住まい」と題する写真展で、御木本幸吉の住居をご紹介するものです。志摩郡浜島町のミキモト養殖場には二棟の御木本幸吉ゆかりの建物が残っていますが、一般には公開していないため、その姿が広く知られることはありませんでした。今年は幸吉翁没後五十年。節目の年に写真でその様子をご覧いただこうと企画したものです。

 二棟の建物はそれぞれ「真寿閣」、「朝熊閣」と名付けられています。真珠王の邸宅で「閣」というからにはさぞ豪壮な建物だろうと思われるかも知れませんが、これが実に控え目なたたずまいです。そのスケールは明治から昭和初期の典型的な平屋の小住宅というべきで、どうして大邸宅を思わせる「閣」などと命名したのか、一種の諧謔ではないかと疑いたくなるほどです。

 同時代の実業家が好んだような装飾性に富んだ洋風の館ではなく、和風のこぢんまりとした家を好んだのは、もちろん幸吉自身の美意識によるものと思われますが、ひとつには周囲の風景との調和ということを重視していたからかも知れません。実際、志摩の青い海と美しい緑の松には、墨色の瓦をいただいた和風の建物が良く調和します。

 実は御木本幸吉は土木や建築に関心が深く、お抱えの建築家や大工の棟梁と意見を戦わせるのが大好きだったと伝えられています。「真寿閣」はもと英虞湾内の多徳島の養殖場の高台にあり、働く人々を指揮するいわば指令塔でした。一方の「朝熊閣」は伊勢と鳥羽の間にある朝熊山の別荘で、どちらも豊かな自然と違和感なく一体になるように考えられた建物です。この二棟の建物の隅々に生かされた幸吉翁の住まいの哲学に、カメラはどこまで迫れたでしょうか。

 八月の不安定な天候のなかを、写真家の小泉俊夫氏は夜討ち朝駆けで、スタジオのある津から志摩の養殖場まで通い、撮影を敢行しました。屋根に登って、八月の陽に焼けた瓦で指を火傷したり、脚立から着地の際に足首を捻挫したりとトラブルもいくつかあったようです。当方のスタッフは雨戸の開け閉めから、室内の掃除、建具の移動、庭掃除など、ここには書き尽くせないほどの数々の作業で撮影をサポートしました。近年のない暑さのなかで汗を流しながら、幸吉翁の住まいの哲学を探ろうとしたカメラマンとスタッフの共同作業で完成した作品です。どうぞご覧ください

真珠王の住まいイメージ

真珠王の住まいイメージ


真珠王の住まいイメージ

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真珠王の住まいイメージ

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