知る 学ぶ 楽しむ
真珠王からのメッセージ 海女 パールミュージアムコレクション 入場料金 チケット情報 営業案内 アクセス 真珠島のパワースポット 島内マップ よくあるご質問 ホームに戻る

19.真珠はいくら

 博物館の仕事で心踊るのは資料の寄贈を受けた時です。先頃は真珠の資料が二点届けられ、たいへん嬉しい思いをしました。いずれも紙に包まれた状態で、それぞれの表には墨で文字が記されています。その内のひとつは明治39年8月とあり、他方には残念ながら年代表記はありませんが、古びかたから見ておそらく近い年代と思われるものです。

 これらは真珠島に向かいあう坂手島の旧家に保存されていたもので、その頃の天然真珠標本がこのようなかたちで出ることは滅多になく、大変貴重な資料としてお預かりすることにしました。

 この真珠の包みからなにがわかるのか、年代表記のないほうの包み紙の表には次のような文字が読めます。
     悪玉壱分八厘
     代五拾銭
     右代金受取済

 そしてこれを裏付けるように、中には形も大きさも一定しない小さな真珠が20個入っていました。ほとんどが1ミリ前後の大きさで、輝きもありません。「悪玉」とある通り、宝石的な価値が期待できないものであることは一見してわかります。

 全部で重さ一分八厘の真珠が五十銭というのは、どういう価値として理解すれば良いのでしょう。明治時代の物価と現代のそれを単純に比較することはできませんが、当時五十銭でどのようなことができたのでしょうか。仮に年代を明治39年~40年と仮定すると、煙草 (敷島20本入り) なら5箱、東京の三越の食堂で食事一回分、同じく東京の蕎麦屋の盛りなら20枚というところ(岩崎爾郎『物価の世相 100年』) ですが、現在と比較して一概に何倍ということはできません。たとえば大工さんの当時の日当1円を現在(約二万円)と比べれば二万倍になりますが、これだと一箱十銭の煙草の値段が高すぎる。

 そもそも養殖真珠が登場する以前の真珠はどのくらいの価値があったのでしょう。久米武夫『宝石学』によれば、小粒の真珠は薬の材料として使われていましたが、その価格は普通の品質で一匁当たり7~8円。良質の真珠は匁当たり15円~20円だったそうです。計算すると今回の「悪玉」は匁当たり2円78銭ということになりますが、匁3円として、四捨五入したのかも知れません。評価はずいぶん低いとはいえ、ともかく、どんなものでも商品としてそれなりに流通していたことがわかります。

 ちなみに御木本幸吉は明治33年に採集した養殖半円真珠を一個2円に値付けしました。当時1ドルが2円だったことから、これは外貨を意識したものと思われます。一ヵ月の個人消費が10円だった頃の話ですから、買える階層は限られていたことでしょう。

包み紙の表書き

包み紙の表書き



坂手島の旧家に保存されていた小さな真珠(右)と養殖半円真珠(左の2粒)

坂手島の旧家に保存されていた小さな真珠(右)と養殖半円真珠(左の2粒)

バックナンバー一覧に戻る
page top
  • 御木本幸吉記念館
  • 真珠博物館
  • 館長のページ