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39.キャメロン・フォーブスとシャコ貝

 博物館一階展示室にある大きなシャコ貝に目を止めるお客様は多いようです。後ろ側に廻って、ヴィーナスの誕生とばかりに写真におさまる姿もしばしば見受けます。西洋絵画に見るヴィーナスはホタテ貝の貝殻に乗るのが決まりですが、実際にホタテはそんなに大きくならず、シャコ貝くらいでないとこの役は勤まらないかも知れません。

 貝の説明には小さく、元駐日米大使キャメロン・フォーブス氏寄贈と記されています.この貝殻、実は真珠島の歴史とともに歩んできた由緒ある品で、ながく島の山中にあって、マスコットとして親しまれたと古老は伝えています。

 キャメロン・フォーブスは1930 (昭和5)年、9月にアメリカ特命大使として着任し、1932年3月に日本を離れました。『伝記御木本幸吉』によれば着任翌年の7月21日、養殖場に御木本幸吉を訪ねており、この時の記録と思われる写真が4シーン残されています。フォーブスは大使を辞して帰国の後、1935(昭和10)年4月にアメリカ経済視察団長として再び来日、御木本養殖場を訪れます。この時の記録写真も10点余り残っていて、収蔵庫には双方が混在した状態で保存されていました。

 これらと別にフォーブス自身のポートレートに幸吉への献辞を記した大判の写真があり、こちらの日付は1931年8月17日と読めます。すなわち同(昭和6)年7月の訪問に対する返礼と解するのが妥当でしょう。シャコ貝はこの時に贈られたものなのでしょうか。

 昭和10年にフォーブスが経済視察団長として来訪した際の記念写真を見ると、このシャコ貝が雨よけの覆いのついた屋外ブースに展示されている様子がわかります。このことからシャコ貝は視察団訪問以前に贈られていたと思われます。

 ところがここに、室内で幸吉とフォーブスがシャコ貝を中央に並んで収まった一枚の写真があります。長押には昭和6年に贈られたフォーブス自身の写真が飾られていることから、それ以後であるのは明らかですが、これを昭和10年の経済使節団の時とすると、屋外に展示されたシャコ貝の説明がつかなくなる。あるいはシャコ貝はこの時に贈られたもので、幸吉の私邸で一行の歓迎セレモニーとともにお披露目をして、その後、島に運んだものでしょうか。しかし、屋外展示の説明文の文字は仔細に見ると多少のかすれもあり、当日に設置したものとは思えません。写真のフォーブスが着用しているスーツとネクタイも使節団の集合写真に同じであるところから、双方ともに昭和10年であることは間違いないと思われます。

 これらが同一の機会で同一の貝とした場合、考えられるのは、すでに贈られて島の屋外に展示してあったシャコ貝を、使節団一行に披露するためいったん私邸室内に運び込んだということではないでしょうか。ちなみにこの貝の重さは左右で150キロ。真珠島から対岸の山の上にある私邸へ上げ、再び島へ戻すのは大変な作業ですが、人を喜ばせ、もてなすことにかけては人後に落ちなかった幸吉のこと、それくらいの労は厭わなかったはず、と思えてなりません。さて、推理や、いかに。

博物館一階にあるシャコ貝

博物館一階にあるシャコ貝



昭和6年7月 五ヶ所養殖場

昭和6年7月
五ヶ所養殖場



昭和6年8月 下にフォーブス自筆の謝辞

昭和6年8月
下にフォーブス自筆の謝辞



昭和10年4月 アメリカ経済視察団

昭和10年4月
アメリカ経済視察団



昭和10年4月?シャコ貝を前にしたフォーブスと幸吉

昭和10年4月?
シャコ貝を前にしたフォーブスと幸吉



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