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47.答志島の古墳

 答志島へ行ってきました。答志島は鳥羽湾にある四つの離島のうち一番大きな島で、海の幸が豊富なことはいうまでもなく、それでは魚を食べに行ったのかといわれそうだが、実は地球塾第二回講座の古墳見学が目的。六月中旬の晴れた土曜日。佐田浜発午後一番の市営定期船はアッパーデッキにも乗客が溢れるほどの賑わいで、鳥羽への観光客のほとんどがこちらに来ているのではないかと怪しむほどの盛況でした。

 離島というと今では不便な印象を受けるが、水運機能が重視された古代にあって良港は交通の要衝にあたり、答志島はまさに奈良の都と直結する、志摩の国の中心でした。従って遺跡も多数残されていて、今回はそのひとつである「岩屋山古墳」を主に探索をしようというもの。

 答志和具港に上陸した地球塾の一行若干名は、進路を左に取り、坂を越えて答志集落に到る道を取る。あたりには畑と民家と作業場の点在する、なんの変哲もない一帯だが、ここを大畑(おばたけ)遺跡と称し、弥生から平安までの住居跡であったといいます。今はそれらしい遺物のひとつとして残存していないが、ここから出土した多くの土器は近くのコミュニティセンターに収蔵されている。現場では今回講師をつとめてもらった鳥羽市教育委員会の専門員豊田君が写真パネルを示して説明してくれたので、かろうじて発掘当時の様子を知ることができました。

 一行はそのセンターで豊田講師に鳥羽の遺跡全般についてオリエンテーションを受けたあと、岩屋山古墳を目指すことになる。目的地の山の上まではきちんと表示板が整備されているとはいえ、やはり古墳探索には先達があらまほしいものです。急な山道を行くこと15分程度で目的の古墳に到着。潅木の生えた円い小さな岡は所々に石組みを見せて、人の意思がそこにあったことを明らかに伝えています。直径22メートル。石室がほぼ完全なかたちで残る貴重な遺跡です。何事か、ただならぬ雰囲気といったものが漂う。左側に下ったところに開口部があり、そこから腹ばいになって入りこむと玄室内は立ちあがることが出来て、当然だが暗闇。それでもしばらくすると目が馴れて天井に使われた石が相当な大きさであることがわかってきて、小さなライトでも持ってくるべきだったと悔やんだり。

 この古墳は過去に開放、盗掘されて被葬者、棺、副葬品などは不明です。いまは木立が眺望をさえぎっているけれども、往時は海と島を見渡す絶好の場所であったはず。玄室を根城にしていたらしい蚊の襲撃を避けつつしばらく古墳の傍に佇んで、埋葬された人や造営にかかわった人たちのことなどに思いを巡らせました。古墳もまた、ものを考えるのにふさわしい場所のひとつといえます。

 ここは諸星大二郎の漫画の舞台にいいのではないかと思いながら、大方の観光客の関心はあまりこういうところに向かないのだろうな、と疎外感とも優越感ともつかない気分を味わいました。今回の探索の詳細は鳥羽市のホームページ(地球塾)でもレポートされるはずなので、そちらも参照下さい。ちまたでは歴女のお嬢さんたちが注目されているようですが、戦国ばかりでなくもう少し古い時代にも目を向けていただくとよろしいかと。

豊田講師の説明を聞くメンバー

豊田講師の説明を聞くメンバー



岩屋山古墳の解説看板

岩屋山古墳の解説看板



古墳の開口部

古墳の開口部



眼下に広がる海

眼下に広がる海

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