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50.御木本幸吉の愛読書

 御木本幸吉は二宮尊徳(1787~1856)を尊敬し、自らの生活規範の多くをその教えに求めていました。幸吉は尊徳の思想を、高弟である福住正兄が著した『二宮翁夜話』を読むことで学んだようで、本人の言では「七回味読した」ほどの愛読書でした。

 『二宮翁夜話』は明治十年代の後半に三年を費やして刊行された当時のベストセラーです。現在入手できる同書の解題によれば、著者福住正兄は1824年の生まれ、幼時から学習の機会に恵まれて、22歳で二宮尊徳の塾に入門。その後、尊徳に随行し、身辺の世話から浄書、起草などを行い、この間の経験が『夜話』に大きく反映されているといいます。

 御木本幸吉の生活規範のいくつかはこの書物にその雛型を見ることができます。

 たとえば『夜話』[58]「天変地異を予期する人道」では、事業を進める上で失敗した際の予防策の必要性が説かれている。幸吉はその語録で「二段構え」の必要性を述べており、これらは共通の心構えというべきでしょう。真珠養殖の実験場として英虞湾と鳥羽の相島の二ヶ所を利用したことはよく知られた通りですが、これは赤潮など不測の災害を考慮にいれたもので、尊徳の教えと一致します。

 同書[62]は『菜根譚』の文言を引用して粗食を勧める段で、これも幸吉の食生活の基本となっていた粗食の裏付けと理解して良いかと思われます。尊徳の「飯と汁、木綿着物は身を助く」という言葉に従って、幸吉もまた絹の衣装を用いないことにしていました。同様に奢侈を戒め、質素倹約の重要性を説く段は各所に見られ、これらは幸吉の処世訓として実践されています。

 では幸吉の生活規範はすべて『夜話』の教えに添ったものかというと、そればかりではなかったようです。幸吉が愛読書として挙げたもう一冊は『鳩翁道話』といい、江戸後期に京都で活躍した石門心学の普及者柴田鳩翁の道話を書きとめたものでした。子供の頃に読んでいたとすれば、幸吉は尊徳を知る前に鳩翁の道話に親しんでいたことになります。

 柴田鳩翁(1783~1839)は心学の創始者石田梅岩(1685~1744)の『都鄙問答』を知って、石門心学を志し、梅岩の後継者である手島堵庵の弟子薩?徳軒を師匠として修業に勤め、やがて自らも各地で道話を行うようになりました。詳細を述べる余裕はありませんが、道話はさまざまなたとえ話から教訓を取り出して、孝行や自制、思いやりなど処世の術を説きほどく、いわば講演会で、通俗といえばまさしく通俗ですが、今日の社会では全く失われてしまった、庶民が初歩的な処世道徳に接する機会でした。

 江戸後期の庶民の子弟は寺子屋で『童子教』や『實語教』あるいは『経典餘師』などといった儒教の考え方を分かりやすく解説したテキストを用いて、実社会で通用する知恵や作法を学んでいたことは、以前にもこの欄でご紹介しました。幸吉が大事にした正直や倹約、質素といった徳目は『鳩翁道話』にも、それこそ満載されていて、江戸時代の人達が等しく守るべき規範として認識されていたといえるでしょう。

 御木本幸吉が尊徳を敬愛していたという事実は、その単体ではなく江戸時代の思潮全体の中で理解しなければならないことに気付きます。

『二宮翁夜話』

『二宮翁夜話』



『鳩翁道話』

『鳩翁道話』

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