知る 学ぶ 楽しむ
真珠王からのメッセージ 海女 パールミュージアムコレクション 入場料金 チケット情報 営業案内 アクセス 真珠島のパワースポット 島内マップ よくあるご質問 ホームに戻る
HOME > 学ぶ > 館長のページ > バックナンバー 一覧 > 53.今東光の『おしゃべりな真珠』を巡って

53.今東光の『おしゃべりな真珠』を巡って

 『おしゃべりな真珠』という小説をどれほどの方がご存知でしょうか。作者の今東光は没してすでに30年。『お吟さま』などの歴史小説や、河内に生きる人々を描いた「悪名」シリーズで昭和30年代から40年代にかけての人気作家でした。晩年は中尊寺の貫主をつとめ、マスコミにもしばしば登場、歯に衣着せぬ物言いで知られました。

 この『おしゃべりな真珠』は発行が昭和40(1965)年、講談社のソフトカバー版で価格は340円、二段組228ページという体裁です。表題には真珠とあるのに、本文中に実際の真珠は扱われません(一ヶ所にネックレスの描写があるだけ)。登場人物の性格や属性を暗示するのに「真珠」を用いることは一種のお約束であり、作品中で活躍する、異なる境遇と性格を与えられたそれぞれに魅力的な女性たちが「おしゃべりな真珠」というわけなのでしょう。明美、蘭子、リカ、奈々子、加代子という、いかにも昭和のネーミングといった感じの五人が短大を卒業、社会に出て経験する出来事を縦横に絡ませた物語で、これを要約するのは割愛しますが、おそらくは雑誌連載後、一冊に仕立てたものと思われます。主な舞台は東京に設定され、銀座界隈の宝石店、レストランやホテルが描写されますが、あらゆる場面で男女の会話に挟まれる宝石や音楽、文学にまつわる薀蓄が実に多い。知識を武器にして女性の関心を引こうとする手はオヤジの得意とするところで、今もあまり変りはないような気がします。五人のうち、二人のヒロインの明暗が分かれるエンディングの場面はなんだか唐突の気味がないでもない。実はこの小説、作者の著作リストにも見当たらず、内容を云々するに及ばぬ、B級作品とでもいった格付けなのでしょう。

 しかし、こういう風俗小説の面白さは、物語としての展開よりも、そこで使われる小道具のほうにあって、この作品でも思いがけない発見がありました。五人のうちの二人が白浜へ出かける場面で、羽田から日本航空で伊丹空港まで行き、白浜行きに乗りかえるのですが、この飛行機が「水陸両用」とある。すなわち、飛行艇であって、昭和30年代当時、大阪~白浜間に就航していたのは日東航空のグラマン・マラードという双発の機体でした。この飛行艇は船の形をした胴体下部に車輪を格納しているので、こういう説明になるわけです。白浜に着水、その後は紀伊半島を南下、志摩半島の英虞湾に着水して、名古屋の小牧空港が最終目的地という、乗合バスのような運行をする路線でした。他にも空港での客の扱いや会話が興味深く読め、小説作品もまた、記録の側面が重要であることを考えさせられます。ちなみに現在、飛行艇が就航している空路は、日本はおろか世界を見渡してもなく、こういう路線は一味違った観光戦略としても魅力的なのではと思います。

 話が脱線してしまいました。ご承知のように養殖真珠の登場は明治時代のことですが、真珠を用いた装身具が一般向けの商品として広く普及し始めるのは昭和30年代に入ってからでした。すなわち、自動車や家電製品同様、真珠装身具も戦後経済成長のシンボルのひとつであって、昭和30年代の小説の表題や歌謡曲の歌詞に「真珠」の語が多く用いられたのは、新しく消費社会に登場した真珠というモノに付帯する、清純、無垢な美しさなどのイメージを人々が好ましく受け入れ、時代の雰囲気として承認していた証といえます。

『おしゃべりな真珠』昭和40年 講談社発行

『おしゃべりな真珠』
昭和40年 講談社発行

バックナンバー一覧に戻る
page top
  • 御木本幸吉記念館
  • 真珠博物館
  • 館長のページ