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54.ぶたと真珠

 以前、干支に関連して、豚と真珠の話に触れたことがありましたが、今回、ご紹介するのは同名の小説です。『ぶたと真珠』は1970年に実業之日本社から発行された「創作少年少女小説」という叢書の一冊で、252ページ。小学校上級から中学生向きとあります。作者の庄野英二(1915~1993)は坪田譲治に師事した児童文学作家で、小説家庄野潤三の実兄。帝塚山大学の教授、学長を務めた経歴を持つのは父親が同大学の創始者だからでしょう。多くの著作があり、全集は11巻にまとめられています。

 話は植物学者の回顧で始ります。「国際植物遺伝学会」に出席した「私」は学会の前後にヨーロッパの各地を視察して廻ります。窓辺や街角を飾る花々の美しさに感激した「私」は、一方で花の種類の限られていることに気付き、かつて自身が農学校で学んでいたころに、指導教官が丹精込めて育てていた八重咲きのペチュニアのことを思い出します。「私」はふとした短慮からそのペチュニアの一株を盗み、それがもとで温室中の花を全滅させてしまった苦い経験があったのです。教官が大切に育てた高い価値のあるものが、わからない「私」にとっては無価値であったこと。これが「ぶたと真珠」の表題のゆえんかと思われます。

 「私」が希望を持って進んだ農学校は予想と異なり、失望とためらいの連続でした。けれど、新しく赴任してきた教官の指導で「私」は次第に意欲を取り戻します。同時に友人との交わりの中からキリスト教信仰への接近や、淡い恋心なども経験し、実はこの恋心が、「ぶたに真珠」に至る入り口でした。教官が苦心して育てた、当時珍しかった八重咲きのペチュニアを、心を寄せる友人の妹に見せようとした「私」は夜陰に乗じて学校の温室に忍び込み、一株を抜いて空になった植木鉢に土を入れて隠蔽工作を図ります。だが、何気なく入れたその土の中の病原菌が、厳重に滅菌処理を施された温室に蔓延し、やがてペチュニアが病気に侵されるという事態を引き起こしたのでした。

 「私」はこの真相を教官に告げて謝ることができないまま、やがて戦争が始まり(時代設定は昭和8年)、教官は招集され、戦死してしまいます。

 さて、『ぶたと真珠』というタイトルから、この意味を承知している読者はある一定の予見を持つはずです。「ぶたと真珠」という言葉は新約聖書マタイ伝にある、高い価値あるものでもそれのわからないものには無価値であることのたとえとして使われます。けれど少年少女向けに書かれた作品の表題として、その指し示すところが読者に理解されるだろうかという疑問が浮かびます。

 感染が疑われるものも含め、温室内のペチュニアの株を全部焼く最終の場面で、「私」は教官の目が自分を見ていることに気付き、最後の晩餐でイエスに見つめられるユダの姿と自分を重ね合わせます。この状況設定から、同じ『聖書』に準拠する「ぶたと真珠」まではもう一息、と著者はいうのでしょうか。「著者はこの作品の表題になぜ『ぶたと真珠』とつけたのか」という読書感想文のヒントを与えるために、あえてこのことに触れなかったのではないかと邪推したくなるほど、表題の由縁に冷淡な作品でした。

『ぶたと真珠』1970年 実業之日本社発行

『ぶたと真珠』
1970年 実業之日本社発行

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