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62.真珠採り

 今年の寒さは記録的なもので凍えてしまう毎日ですが、いかがお過ごしでしょうか。ここ鳥羽は吹雪くことはありませんが、春に向かうこれからの時期は日本の南岸を通過する低気圧によって思わぬ積雪を見る日もあります。そんな身を切る寒さの中、島のオトメたちは今日も海に潜って海女作業の様子をお客様にお伝えしています。企画展と合わせてご覧いただくと、彼女たちの仕事の意義が一層よくご理解いただけると思います。さて、入社した当時、というのは1975年のことですが、海女作業の始まりを知らせるのに、BGMが流れていたように記憶しています。曲名は「真珠採り」。どなたもお聞きになったことがある(はずの)、あのタンゴの名曲でした。その頃、音源はどうしていたのかな、ドーナッツ盤レコードをその都度プレーヤーで再生し、マイクで拾って場内放送していたのかもしれません。真珠取りの海女作業をご覧いただくのだから、これがふさわしいと思っての選曲だったのでしょうが、実際には白い磯着の伝統的な姿、しかもアナウンスの説明は「海女おとめ たま求むらし 沖つ波」と万葉集を引用するので、違和感は否めません。その後、しばらくして使われなくなりました。

 この「真珠採り」はリカルド・サントス楽団の演奏で1957年にヒットしましたが、もとはジョルジュ・ビゼーのオペラ「真珠採り」のなかの一曲をタンゴに編曲したもので、正確には第一幕の後半にテノールによって歌われるロマンス「今でもまだ聞こえるような気がする(耳に残る君の歌声)」です。オペラの舞台はセイロンですが、具体的な場所や時代の特定はなく、現地の民族音楽が用いられたわけでもありません。台本作者もビゼー自身も現地取材に臨んでおらず(たぶん)、東洋の果て、真珠の採れる未開の地の遥か昔といった大雑把な背景設定です。登場するのは、ひとりの美しい女性と旧友同士のふたりの男。美しいヒロインは大漁と漁民の安全を祈る尼僧で、彼女の信仰と純潔が守れれば真珠は豊漁、さもなければ死という条件のもと、かつての恋人と、今は漁民の頭となったその友人との間で愛情と嫉妬が交錯します。

 このオペラの初演は1863年。原作はメキシコを舞台にしたものだったといいます。メキシコは太平洋岸の細長いカリフォルニア湾で真珠採取が行われていたし、一方、セイロン(スリランカ)のマナール湾はペルシャ湾に次ぐ有数の産地として古くからその名を知られていました。真珠の採れる異国ならどこでも良かったのでしょうが、当時ヨーロッパで流行した東洋趣味を入れてセイロンに移したのかも知れません。博物館二階「天然真珠の時代」の部屋にマナール湾のダイバーの写真がありますが、実際の姿はかくの如しで、「真珠採り」の甘美な旋律から得られるイメージとの落差は大きい。

 ビゼーの「真珠採り」は人々のオリエンタルな事物に対する憧れの気分を巧みに汲み取って仕上げられた、時代の雰囲気あふれるオペラでした。たとえば、スエズ運河開通記念として作られたヴェルディの「アイーダ」はエジプト、プッチーニの「蝶々夫人」はご承知のとおり日本が舞台で、この時代の異国趣味は音楽や美術に限らずジュエリーデザインにも反映していますが、その話はまた次回にでも。

雪が舞う極寒の海で実演をするオトメたち

雪が舞う極寒の海で実演をするオトメたち



オペラ「真珠採り」パリ公演ポスター(真珠博物館蔵)

オペラ「真珠採り」パリ公演ポスター(真珠博物館蔵)



天然真珠を採取していた時代の写真や道具など(真珠博物館2階)

天然真珠を採取していた時代の写真や道具など(真珠博物館2階)

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