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63.首飾りの名称、あるいはバヤデールの名にたどり着くまで

 博物館初期の収集品に一本のネックレスがあります。登録番号295。国内の骨董商から求めたのは1985年5月。開館準備作業中で資料収集に駆け回っていたころです。なにしろ、手持ちの装身具資料は、古い御木本製のものを除けば皆無の状態で、8月に迫った開館までにともかくケースを満たさなければならないという差し迫った時期の買い物でした。
ネックレスはシードパールと呼ぶ小さな真珠をつないで作られており、細い連を四本まとめたものを更に三本束ねて縄のように縒りをかけたもの。普通のネックレスのような留め金はなく、金具で閉じた両端の先には緑色の石が三個、金の鎖でつながれ、さらにその先には金のキャップを被せた真珠の房飾り。数えてみると左右それぞれ三十本が下がっています。
 一緒についてきた説明書きは「天然真珠ネックレス。金とエメラルド。およそ百年前のもの。シードパールはペルシャ湾のダイバーが、時に足をサメに食われながら採取した」というそっけない内容。真珠採取の過酷なことを言いたかったのでしょうが、これでは解説になりません。ともかく、キャプションは「ネックレス 1900年頃 真珠はペルシャ湾産」と書いたように記憶しています。
 その頃は何かを調べようにも手持ちの参考文献は不十分で、装身具に関するものは何一つなく、開館して多少落ち着きを取り戻した頃に、神田神保町の古書店街に通って少しずつ関連書籍を集め始めました。
 ようやく入手したG.F. クンツの‘The Book of the Pearl’にこのネックレスと同じような写真を見つけた時のうれしさは今も忘れられません。それは館の所蔵品より太く、キャプションには126,000個の真珠を使ったルイ十六世時代のものとあった。だが、名称はネックレスであって、この特殊なかたちについては何の言及もない。真珠の専門書なので、デザイン関連の情報が希薄なのは無理もないところです。
 これも同じ頃に入手したハンス・ナデルホッファーの‘Cartier Jewellers Extraordinary’の真珠に関する箇所だけは読もうと、ページを繰っていたところ、次のような箇所に出会った。「1900年頃に流行の先端にあったのはバヤデール(Bayadère )であって、これは数本のシードパールを束ねて、ペンダントか房飾りを付けたものである。」
 これで、博物館の所蔵するものが単なるネックレスではなく、バヤデールという名称であることがわかりました。さらに基本書籍のニューマンの'An Illustrated Dictionary of Jewelry’でこの言葉がフランス語であることを確認、フランス語辞書にはなぜか「インドの舞子、縞織物」などと記されていますが、いずれそういった女性が身につけた首飾りの名前から派生したものでしょう。ソトワールやラヴァリエなど、首飾りの形状によって使い分けられる名称の語彙も次第に増えました。
 手探りで博物館活動を進めてきた当初、一番恐れていたのは自分の探求のどこかに大きな誤りがあって、いつか誰かに指摘されるのではないかといったことでしたが、深刻な事態を迎えることなく今日に至っているのはありがたいというほかありません。


真珠博物館収蔵のネックレス



‘The Book of the Pearl’掲載のネックレス


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