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71.うどん談義

  6月某日 コラムニスト石原壮一郎氏来。伊勢うどんについての本を出版する予定で、その取材の由です。たまたま夕刊(朝日新聞)で、今、伊勢うどんが注目されているという記事を読んだばかりで、絶妙の間合いだった。真珠島で食べられるうどんについて知りたいとのご希望でご案内しました。
 御木本幸吉の生家が「阿波幸」という屋号でうどん屋を営んでいたことはご存知の方も多いことでしょう。現在、真珠島内にあるレストランはその名前を引き継いでいます。ここで召し上がっていただくうどんは「真珠うどん」といい、太く柔らかい麺にたまりの汁をかけたいわゆる「伊勢うどん」にアコヤガイの貝柱を甘辛く煮たものを添えています。昨今、伊勢うどんにも様々なアレンジメニューが登場していますが、少し前までは貝柱添えというのはちょっと贅沢な部類でした。
 真珠島のうどんはこの島が外国人のみに公開されていた昭和25年から貝柱を乗せたあしらいで、当初は鳥羽市内の国崎屋といううどん屋が出店していました。戦後間もない頃の話で、来客も少なく、一日十杯程度が売れるだけだったと記録にあります。そもそも外国人相手にうどん屋が成り立つとも思えないのですが。
 その後、自社で食堂を運営することになり、寺下庄太郎さんという人が専属であたっていました。各地のうどんの名店を食べ歩き、出汁や溜まりに工夫を凝らして真珠島独自の味を作り上げた、いわば「真珠うどん」生みの親です。
 「真珠うどん」は貝柱を混ぜて食し、その風味を楽しまれる方も多いのですが、この地方のうどんの薬味は本来、刻みねぎだけ。私が子供の頃は伊勢うどんという呼び名はなく、なみ(並)うどん、といっていたように記憶しています。油揚げや麩、かまぼこなど、具を載せたのはかやくうどんで、こちらは薄味だった。
 なみうどんとはいえ、ふだんは食べない、ささやかながらもご馳走で、たとえば、親戚のおばさんが我が家に来て、時分時になったとすると、近くのうどん屋に出前を注文する。子供たちもご相伴に預かることになります。ややあって届けられた伊勢春慶のタジを開けると、立ち上る湯気とたまりにねぎの香り。ちょうど良い具合に麺が潤びて汁がからまり、これが食べ頃でした。
 昭和40年代まではどこの町内にも一軒はうどん屋があったようで(そういえば、風呂屋、床屋、八百屋、魚屋、菓子屋など、生活に必要な商業機能はそれぞれの町に備わっていて、ふだんの需要はたいていそこでまかなわれていた)、だしの調合や味付け、麺の柔らかさなど、それぞれの違いは今以上だったと想像されます。うちの近所のうどん屋はすでに廃業してしまい、その味はいわば永遠の幻となってしまいましたが。
 伊勢を取り上げた番組で伊勢うどんは必須の素材です。グルメレポーターが麺の太さと汁の黒さに驚くしぐさを見せてくれます。麺が太くて柔らかいとはいえ、店によって特色があるので、どこの店で食べたか、を念頭に置いて後日の話題にすると良いでしょう。今まで聞いた反応では関西方面の方にはあまり評判が良くなく、関東の方々は好まれるようですが、もし、お口に合わなくても、伊勢の地元ピープルはこういうものを好んで食べているのだな、と笑って見逃してやっていただくよう、お願いしておきます。
(小生思ヘラク、コノウドンハ薬味ノ葱デ食ベサセル。シタガッテ、葱ガ柔ラカク美味シイ冬ノ時期ニコソ値打アリ。チナミニ云フ、葱ハ豊浜産ヲ以テ最良トナス。)

 阿波幸の『真珠うどん』

    

    

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