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92. お出かけ雑記帳

 1月某日 初詣とて下鴨神社。伊勢神宮のおひざ元にいながら何故に京都の神社にお参りするのかと聞くなかれ。内宮は歳末、来年のお札を頂きに、外宮は大晦日の年越し参りと決まっているので、初詣は別なところに行くことになっている。まあ、贅沢といえば贅沢な話ですが。下鴨神社の参道は落葉樹が多く、この時期の空は明るい。矢三郎たちの住まいはこういう雰囲気なのだなと実感する。矢三郎はご存知のかたはご存知の通りだが、小説『有頂天家族』の主人公。愛すべき狸です。で、昼飯は当然ながら近くの枡形商店街。入口近くの食堂で鯖鮨とうどん。京都のうどんは腰抜けというほどに柔らかで、箸にも棒にも掛からない。枝雀落語のうどんのお粥さんだ。鯖鮨は肉厚にして絶品なり。それから今出川を西に歩いて千本釈迦堂。ここの宝物館に収められている定慶作六観音のお顔がビューティフル。北山の時雨に洗われた千本通りを南下、三条堺町のコーヒーとケーキで一息入れる。帰りの車中で読もうと『鴨川食堂』という一冊を求めたら、中の一作の舞台が枡形商店街だった。なんという偶然(BSでこのシリーズが放送され、楽しく見ている)。
 1月某日 東京のジュエリー学校で講義。本当は生徒の皆さんには博物館に見学に来てほしいところだが、色々事情があり、まずは当方が上京して概要を申し述べることになった。雪の翌日で温かく、半袖姿もある中を重装備で行くもおかし。ネタは真珠の基本とジュエリー図像の見方を仕込んでいったが、前触れの真珠の話で時間を喰ってしまい、後半は端折り気味。専門学校とはいえ、真珠形成の細部までは手が回らないと見える。してみると、当方の出る幕は相当あるのではないか。まずは出前でお試しを願ったという次第。
 1月某日 というわけで今度は大阪で講義。こちらは一般募集で、場所は阿倍野。伊勢志摩サミット開催を記念して三重県のプロモーションの一環として行われたもの。時節柄、伊勢志摩と真珠というテーマで、喋ることは山ほどあるが、一時間半の持ち時間での配分は難しい。真珠養殖の発祥と先人の努力に多くを割いたが、案の定、終わってから真珠形成の基本についての質問があった。話す側としてはすでにご承知と思って簡単に触れたところが、聞き手の一番聞きたいところだったりする。ひとり質問が出れば、本当はその十倍くらいの人が聞きたいと思っているかも知れません。
 2月某日 鳥羽の人材養成講座「地球塾」のシンポジウムでパネラーを務める。これは伊勢志摩国立公園制定70年をテーマとして開かれた講座で、御木本幸吉の功績について話せという要請。けれども公園制定は短い期間で審査された模様で、御木本が具体的にかかわったことを示す記録はない。けれども戦前に活発に請願活動をしていたことは明らかで、その中心は朝熊山だった。幸吉にとって伊勢志摩は自分の受け持ち地域で、その中心が朝熊山だったから、それは当然だろう。ここに伊賀の田中善助がケーブルカーを敷設した時の幸吉の心中や思うべし。サミットに向けての一言を求められ、市民によるベンチの寄贈システムを提案しておく。イギリスの公園にあるような、がっしりした木のベンチを町のインフラにする仕組みの構築だ。寄贈されたベンチには、その経緯を記したプレートを付けて、意思をいつまでも継承出来るようにする。この話はもう20年以上も前に地元で提案したことがあったが黙殺された。公共の意識に乏しい日本では難しいかと思っていたら名古屋市のある区で実施しているという。ここで重要なのはベンチの材質とデザインで、そのコンペなどを開催して展開すれば、鳥羽は日本一ベンチの優れた町になる、などと法螺を吹いたことでした。


 

定員割れ、ちょっと残念でした。

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