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95. 夏休み日記

  8月1日 八月朔日で外宮に参拝。八朔の行事食である粟餅は近くの餅菓子屋で調達した。夕方から「浴衣で千人お参り」という行事があり、参加。こういうイベントは賑やかさが身上で、果たして老若の善男善女で外宮前は華やかな雰囲気に包まれた。参道で配ってくれた団扇を手に屋台など冷やかしていたら、本格団扇の出店を発見。四日市の日永地域で作られている伝統工芸品で、持ち手の竹の丸みが好ましく、家族の分と合わせて二本求める。確かめずに買ったらなかなか結構なお値段であったが、伊勢型紙を使った扇面が美しく、満足。そこで、先ほど貰った広告入りの団扇を何としょう。まさかその辺に捨てるわけにもゆかず、並べれば強烈な色使いのそちらの方が目立ってしまう。仕方なく重ねて持って帰った。その広告団扇はその後どうしたかというと、実はまだ、二階にいるのです。
 8月8日 博物館学芸員実習指導で、オリエンテーション。観光地の博物館で来客サービスについて考えることを主眼に実施している。先週に続く二班目で、地元の皇學館大学から二人と京都の立命館大学から一人。午前中に館の成り立ちと展示の基本を話して、午後から実際の対応にあたるなどというのは無茶なようにも思えるが、近頃の学生の適応能力の高さには目を見張るものがある。にこやかにティアラ戴冠のアシストをしているのは、やはり宝飾品に対する憧れが強いからで、女子大生は全員、自ら戴冠してご満悦の様子。
 8月10日 実習で文書の整理。御木本幸吉宛ての手紙は相当の分量が未整理で収蔵されているので、中身を確認し、ホルダーに収める作業を指示する。読みにくい筆跡が多く、難儀している様子だ。そんな中、一人が取り上げた手紙にチャップリン来日のことがあった。宮島幹之助からの手紙で、昭和7年(1932年)6月6日の日付がある。宮島幹之助は箕作佳吉門下で、北里研究所に勤めた寄生虫学者。大正15年、幸吉が外遊した時にアメリカまで同じ船に乗り合わせ、洋服に不慣れな幸吉のネクタイを締める役を買って出たという人だ。宮島はチャールズ・チャップリン来日を日本文化紹介の好機として、伊勢神宮参拝と御木本真珠養殖場見学を企画し、鉄道省大臣に働きかけていたが、それが取りやめになった、その詫びを幸吉宛てに記している。チャップリンはこの年、5月14日に来日し、6月2日まで各地を巡って歓迎を受けたが、実は来日の翌日、犬養首相が暗殺される五・一五事件が起こっており、宮島によればチャップリンはこれに衝撃を受けて、関西旅行の予定を変更したという。もし養殖場訪問が実現していれば来客簿の大きな一ページになったことだろう。こういう裏歴史を探る上で、手紙の束はまたとない宝の山であることを実感。
 8月19日 JAICAの招待で訪日したイランの水産関係者を案内。ペルシャ湾に生息する真珠貝資源を活用して真珠養殖ができないかという目論見があるらしい。その貝はクロチョウガイの亜種で内面の輝きはタヒチのそれに及ばず、試験はともかく、商業的な成功は難しそう。見学者のひとりがコンクパールのジュエリーに注目するので母貝のピンクガイを見せると、これならペルシャ湾にいるという。コンクパールの主な産地はカリブ海で、養殖は実験段階では成功しているが、商業的なベースには乗っていないようで。真珠の魅力のひとつが希少価値にあるとすれば、今更クロチョウガイを使わず、そのピンクガイらしき貝に注目してはいかがとアドバイスした。真珠層の有無をいえば真珠の範疇外だが、昨今、コンクやメロ、クラムなどの珠が珍しさも手伝って脚光をあびている。巻貝なので養殖の原理から考えなくてはならないだろうが、面白い仕事になるかもしれません。


 

学芸員実習の様子

 

ピンク貝

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