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99. シラタマいずこ

 今年の企画展は『にっぽん真珠ヒストリア』と題して、日本の歴史上における真珠の役割を考えるものです。古くから日本で真珠採取が行われたことは様々な記録からも明らかですが、実際に残る真珠は数少なく、特に装身具に使われた例はほとんどありません。真珠で身を飾ることをしなかった私たち(日本人)のご先祖は、では、真珠をどのように考え、利用していたのでしょう、というのが今回の問いかけです。
 日本で真珠が薬として珍重されたことは常設展示でもご紹介しています。また、塔や伽藍を建てるときに地鎮のために用いられたことも映像でご覧いただいています。それならば何を付け加えるのかといわれるかも知れませんが、今回はそれぞれをもっと深く詮索することにしました。
 調査の結果、新発見といえば大げさですが、少なくとも真珠関連書籍では従来、取り上げられなかった事例をいくつか紹介しています。まず、平安時代、この世を我が世と思った藤原道長の日記『御堂関白記』に出てくる「大真珠」なるもの、これは道長が宋の寺に向かう留学僧に先方への進物として託したものですが、螺鈿や毛皮など当時の特産品と並んで「大真珠五顆」が加えられています。これぞ日本を代表する宝物、といったところでしょうか。また、平安時代の出産に関する記録集「御産部類記」に見られる真珠を入れた産湯のことも興味深い記述です。これは後の崇徳天皇の誕生の際に用いられており、他に例がありません。あるいは密教の御修法に用いられた五宝についての解説書『寶要抄』に出てくる真珠の記事など、従来、真珠資料が乏しいとされていた平安から鎌倉時代にかけて、探せば結構真珠が登場しています。宝飾品に限れば、なるほどこの時代は真珠と関わりは皆無に近い。けれど、装身具でなくとも真珠は使われていたので、むしろその多様性に驚くことになりそうです。
 真珠の薬用に関しては以前に『愛の妙薬』という企画展で特集したことがありますが、今回は特に「真珠散」の資料を多く集めることができました。この目薬の名称は16世紀の記録に見られ、江戸期を通じて様々に用いられますが、広く普及したのは江戸末期、越後の四代目竹山祐卜(ゆうぼく)の働きが大きかったといえます。彼は全国に「真珠散」の販売ネットワークを作り、代理店を通じて売り広めることを始めました。興味深いのはその価格で、原料の産地によって差がある事です。一番安い尾張真珠製の「真珠散」と最高級の伊勢極精製との開きはおおよそ19倍あり、この中間として水戸、志摩、大村産と各種あり、同じ伊勢でも三種類から選べるようになっているのは、やはり効能に違いがあったということでしょうか。
 そうした資料を通じて、人々の真珠に対する関心や価値観を見る事ができ、これはこれで日本独自の真珠文化というべきでしょう。宝飾品領域を中心とする真珠文化は明治以降、養殖真珠の誕生を待って、ようやく開花することになります。
 今回の展覧会では特別展示としてミキモト装身具が製作した「真珠宝飾五絃琵琶」、九州大村藩に伝来の「夜光の名珠」、御木本幸吉が手がけた最初の工芸品「軍配扇」が一堂に会します。どうぞお訪ね下さい。

 

  真珠宝飾五絃琵琶

 

     軍配扇

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