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118. 宇和島

 春に箕作佳吉ゆかりの津山に出かけた話は前回ご報告した。そうすると佳吉先生の友人である穂積陳重の出身地宇和島を訪ねたくなるのは、まあ、ものの道理ということですね。法律の専門家として幸吉の発明特許申請を指導し、澁澤翁につながる人脈の要となるなど多くの徳をもたらした穂積陳重の清廉潔白な人柄を幸吉は終生、尊敬し続けていた。箕作先生と並ぶ大恩人である。というわけで、伊勢から7時間。日中、高速を走り続けて南予に至った。いや、遠いわ。
 愛媛県はここ何年も養殖真珠生産高第一位を維持しており、宇和島は真珠調達部門の方々には知られた土地のはずだが、私にとって実は馴染みが薄い。56号宇和島道路を降りて商店街近くに駐車、まずは向かいに位置する宇和島城に上って町の様子を眺めよう。武家長屋門から入って緑の生い茂る坂道を上り、一息入れる所に資料館。この城山資料館には宇和島の産んだ偉人がパネルで紹介されていて、当方の「交遊禄」に似た構成。穂積陳重を探すとあった、あった。西欧に学び、日本の法律学を築いた「法学の祖」として人物相関図とともに二枚のパネルに納まっている。地元の産んだ先覚者として隠れもないが、箕作佳吉につながる線は見られず、少し残念。歌子夫人の写真は真珠のネックレスを身に着けた姿で、これは初見。舶来の天然真珠か、それとも御木本真珠店の養殖か、判じ難い。
 そこから更に上って天守閣に至り、眼下に広がる宇和島湾を見る。島影で外海は望めず、鳥羽の城山からの眺めと似た印象だが、背後の街並みは伊達十万石の城下町。鳥羽がいかに小さな町か、思い知る。城の創建は慶長六年。名手藤堂高虎によるもので三重県人にも親しみが感じられる。格調の高い、現存天守十二城のひとつとして知られる名城だ。
 城山を下り、登城口から出て市内を歩く。海側に位置する天赦園は二代藩主が造成した御殿で、その後、退隠の場として使われた。美しい大名庭園はちょうど菖蒲の花盛り。歴代藩主の武具などを集めた伊達博物館を見学して時分時になれば、商店街きさいやロードを経てかねて目当ての「ほづみ亭」という割烹。賑わう店内で鯛めしを注文する。伊予の鯛めしにはふたつあり、一つは炊き込みご飯、今一つは出汁に漬けた刺身を飯に乗せた丼で、ほづみ亭は後者。料理というには躊躇われるほどの簡単な一品で、鯛の刺身を生卵と出汁をあわせた鉢に投入して暫し。それを炊き立てのどんぶり飯に流し込んでかき回し、ワシワシと喰う豪快な代物だ。魚の旨味を味わうなら炊き込みご飯に軍配が上がるが、手軽さではこちらか。伊丹十三がエッセイで「満足飯」として、同様の食べ方を紹介している。
 さて、店の横には辰野川。ここに架かる橋が穂積橋。橋のたもとの碑に曰く、大正13年、地元有志が穂積陳重を顕彰するために銅像建立を申し出るが、「老生は銅像にて同郷万人に仰ぎ観らるるよりは公衆に履んで渡らるるを以て無上の光栄といたし候」と固辞。没後の昭和5年、橋の架け替えに際して宇和島市が「穂積橋」と命名した由。ほづみ亭の湯飲みにもこの文言が記されていて、人口に膾炙していることが窺える。屹立する幸吉像を仰ぎ見る島に勤務するものとしてはいささか落ち着かない気分になるが、幸吉も当初は銅像になるのはいやだ、といっていたので或いは穂積翁のことが念頭にあったかも知れない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

   ほづみ亭の鯛めし

 

      穂積橋

 

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