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148. 杖  NEW!!

 前々回、貞明皇后のご愛顧について触れたが、今、御木本幸吉記念館に展示中の「恩賜の杖」も同様に逸話が伝えられている。
 伝記によれば、昭和14年11月、皇太后殿下から幸吉に対し、長い間御用命に精励した廉により、ご慰労の思し召しを以て杖一杖ご下賜の恩命が下り、翌17年1月にその杖が伝達された。長さ6尺(約1m82cm)に近い竹の杖で、15節から成り、なかでも13節は溜め色で竹幹が現れ、上の2節は黄楊を加えて、これに藤の花枝と霊芝との精緻な彫刻が施されて、濃紫の打紐が通っている。
 この詳細は娘婿の乙竹岩造が「恩賜の杖の由来」として冊子にまとめている。そもそも民間に杖を授けるという前例がない。国家の功臣には鳩杖と決まっているが、それを遣わすわけにも行かず、新たに意匠を考える必要がある。最初の段階で皇太后の御しるしの藤と長寿を表す霊芝を組み合わせると決まったものの図案が皇太后のお気に召さない。ようやく図案の決定したのが昭和16年、それから製作に掛り、素材の竹の吟味、竹に彫刻は困難なので黄楊の木を継ぎ合わせる等々、創意工夫を凝らしてようやく完成した。以後、幸吉の正装には必ずこの杖が用いられた。
 それより前に用いていたのは、穂積陳重から貰ったステッキだった。大河ドラマで渋沢の娘歌子の夫として登場した穂積については以前にこの欄で取り上げたので、バックナンバーを参照頂きたい。そのステッキについてのエピソード。
 昭和2年10月、タウンゼント・ハリスの記念碑除幕のため、父親の渋沢子爵に同行して歌子は東海道線の列車に乗車、沼津に向かった。この車中でのこと。
 「汽車に乗ると、知り合いの真珠王御木本幸吉氏が一緒に乗られました。御木本氏は、穂積博士からいろいろ世話になられ、懇ろに往来して居られたひとですが、博士の遺物のステッキを、いつも大切に袋に入れて持って歩かれ、此日もその袋をぶら下げて居られました。
『此通り私はいつも穂積さんと同行して居ります。先頃の洋行中にも、この杖のおかげでころぶことを免れました。なくなられてからまで、この通り私を助けて下さるのです。向こうでも、所々で、御木本に頭を下げるのはいやだが、其の杖にはお辞儀せぬわけにはゆかぬといって、やっぱり私にお辞儀してしまった人が沢山ありましたよ。あはゝゝゝ。』と大笑いをして話されたので、車中が一艘にぎやかになりました。」(蘆谷蘆村『穂積歌子』禾惠会)。
 いま、記念館収蔵庫に一振りのステッキがあるが、その由来は伝わっておらず、また裸のままで袋入りではない。このことからそれらの同一性は何ともいえないが、一方、欧州旅行中の写真を見ると、よく似たステッキを手にしているので、その可能性は捨てきれない。
 大正15年、世界一周の旅に出るとき、横浜の港で見送りの孫娘たちに幸吉が約束通り赤いハンカチを振ったのも、ステッキの先に巻き付けてのことだったという。この話をもとにして鳥羽では大型客船が出航する際に歓送の気持ちを込めて赤いハンカチを振る、という行事が続いている。
 日常は片手に杖、一方に蝙蝠傘というスタイルで、これを「二本杖」といった。写真で見ると普段使いの杖は太さの違う二本の竹を数ヶ所で結び合わせたようで、幸吉翁だからいわくありげに見えるが、いかにも粗末なものに写る。他にはねじれのある木を用いた杖を持った写真もあり、何種類かを所持して使い分け、楽しんでいたらしい。
 さらに84歳以降は二本の松葉杖を両脇に抱えるスタイルを発明し、四本足なので楽だといって五組作らせ、養殖場や東京の店に配置した。こちらを「九十杖」と称し、90歳まで歩き回りたいと願ったという。そのおかげかどうか、90を越えてなお足腰は衰えず、長寿を達成することができたのは誠にめでたいことだった。
 前の神宮徴古館農業館館長だった矢野憲一さんが杖の似合う日本人として筆頭に挙げたのは水戸黄門、次が御木本幸吉で、三番目は吉田茂だった。これはどなたも異論のないところだろうと、著書『杖』(法政大学出版会)で述べておられる。戦後、進駐軍の将兵たちが次々と志摩の真珠養殖場を訪れたが、出迎える幸吉翁の姿を見たアメリカ兵は、あの老人は手にした杖の一振りで貝に真珠を作らせることができるそうだ、と噂した。そんな話をどこかで読んだ覚えがある。魔女の杖からの連想だろうか。日本人には思いつかない。

(2021年12月30日)

「恩賜の杖」握りの部分

幸吉翁といえばこの一枚

 

 

 

 

 

 

 

 

蝙蝠傘と杖を手に

不思議な形の杖

「九十杖」と称した松葉杖

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