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134. 海女学講座 NEW!!

 久しぶりに講演の機会を頂きました。11月21日に鳥羽市海の博物館で行われる「海女学Ⅲ」という連続講座の第一回目です。この講座は三重大学海女研究センターの主催で、今まで主に歴史や民俗、水産の分野から海女を論じてきたが、三年目となる今年は文学や芸術の側面を加え、多面的に海女の魅力を考えようというもの。与えられた演題は「真珠と海女の文学」で、その仕込みに取りかかっている。今年は年初に数回講義があっただけでブランクが続き、上手く行きますかどうか。
 真珠に関連する文芸作品は手持ちの書籍で260タイトルを越えるが、海女については20作品がせいぜい。ご当地ミステリーなど含めればそれ以上かも知れないが、多くはない。今回取り上げるのは、大田洋子「海女」(1939年)、北条秀司「海女騒ぎ」(1941年)、それに山田克郎「海の廃園」(1949年)の三作で、いずれも今日では忘れられた作品に属する。
 まず、大田洋子の「海女」。昭和14年1月『中央公論』2月号に発表され、「知識階級総動員懸賞小説」の一等に入選。先行研究によれば「地方の生産を高めようとする国策に沿ったもの」として評価されたという。
 恋人と都会で暮らした若い海女テルは失意のすえに帰郷し、再び海女として生きる事を選ぶ。温かく受け入れてくれる旧知の人々の中で、様々な仕事の実際を見聞きしながら、海女として長年働き続けた双子の姉と見紛うほどに逞しく成長して行く。海藻やアワビなどの獲物採取から水産物加工、鰯の水揚げ作業と四季を通じた海女の労働はその及ぼす経済効果も大きく、それが国家のため、つまり、この時代にあっては銃後の務めとして賛美された。抑圧や搾取といったネガティヴな要素と無縁な勤労のアイコンとして海女の姿が文芸作品に登場した初期の事例といえるだろう。小説の舞台となった丹ヶ浦は現在のいすみ市大原で、岩瀬禎之写真集『千葉御宿1931-1964』(2002年 透土社)の撮影地御宿に近い。
 「海女騒ぎ」の著者北条秀司は岡本綺堂門下の劇作家で新国劇、新派、歌舞伎など幅広い分野で活躍した。たまたま観た文化映画「舳倉島」に触発されて直ちに輪島に赴き、海女の生活を取材、書き上げた戯曲で、昭和16年7月、「海女」として明治座で初演。戦後、ラジオ放送時に「海女騒ぎ」と改題された。
 表題の通り、海女が起こした騒動の顛末で、北国にある小さな島が舞台。海士と海女が暮らす島の経済は海藻採りをはじめとしてその多くを海女が担っている。この島では結婚するに際して娘が実家に結納金を置いてこなければならず、稼ぎのために婚約期間が三年にも及ぶ。その間に婚約者の男女間には様々な不都合が起こり、騒動の発端はある男の浮気だった。それを咎めた海女処女会と海士組合の男性たちの間で騒動が起こる。詫びの要求が次第にエスカレート、婚姻制度見直しや男女の同権まで日頃の不満が加わって、海女たちは神社の社務所に集結し、気勢を上げる。このままでは海藻採りも覚束なくなり、組合側は妥協に向かおうとするが、その決定に反発した青年組が登場し、騒ぎは頂点に。結局、青年組の実力行使で事態は収束。平穏を取り戻した浜で首謀者の若い海女と青年組代表の若者が互いを認め合い、二人の将来が暗示されて幕が下りる。
 19歳のヒロインみさは負けず嫌いの海女。同志を率いて立て籠りを敢行するが、青年組の切り崩しにあって悔し涙に暮れる。理想に燃えるみさの強い意思と、現実の小さな幸福を願って揺れる海女たちの乙女心の対比が鮮やかに描かれる。「時局性と娯楽性を兼ね備えた作品が求められ、芸術以前の呻吟が作家の上に重くふりかぶさった雰囲気のなかで書いた作品」と著者は述べているが、構成もセリフも巧みで、職人技の一作といえる。
 山田克郎の「海の廃園」は昭和24年に雑誌に発表され、翌年の直木賞を受賞すると26年に東宝が本多猪四郎監督を起用、「青い真珠」として映画化した。その結果、原作の「海の廃園」は「青い真珠」と改題され、この表題で一冊となって出版されている。余談ながら山田克郎は『怪傑ハリマオ』の原作者です。
 房総を舞台に、灯台職員の西田を巡る二人の海女の恋の鞘当てという構図で、東京で身を持ち崩して帰郷したリウと、ひたすら海女として技量を磨いてきた野枝の二人が争う。戦いを仕掛けられた野枝が海中でリウに致命的な反撃を加え、その結果を責めるように、西田との未来を諦めて自らもまた命を絶つ、というストーリー。「海の廃園」の表題は海女が潜る海底の冬の様子を表したもので、春には色彩豊かに茂る海草の森が廃れた情景は野枝の心象と重なり合う。
 映画化にあたって監督の本多猪四郎が書いた脚本では、地名は明示されないが孤島が舞台。西田が赴任する場面から始まり、リウの帰郷、そして野枝と西田が惹かれあう過程が前段階として描かれる。また、旧弊な態度を崩さない野枝の親族や婚約者を登場させ、因習に縛られた境遇を強調することで、西田との生活をより好ましい夢として描き出す。
 後半、野枝とリウが対決する場面で、海底に没した井戸に潜む真珠を巡ってクライマックスを構成している。その大日井戸の真珠(貝)に触れたものは恋の願いが成就するという伝承や潮かけ祭りを思わせる風習など、土着に根差した物語を補強する演出が加えられ、海女と海の青に関連に依拠した「青い真珠」の表題が成立する。
 撮影隊一行は志摩を訪れ、西田を池辺良、野枝を島崎雪子、リウを浜田百合子が演じた。地元の方々もエキストラで加わったという。
 というような内容で組み立てようかと考えています。講演は午後1時30分から3時まで。鳥羽市立海の博物館は鳥羽駅からカモメバスで35分。海の博物館前下車。参加は無料です。お問い合わせは海の博物館(電話0599-32-6006)へ。

(2020年10月28日)

 

絵ハガキに見る海女の
決めポーズ(昭和初期)

絵ハガキに見る海女の
決めポーズ(昭和30年代)

絵ハガキに見る海女の
決めポーズ(昭和40年代)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

海女学講座Ⅲの
リーフレット

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