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御木本幸吉語録

真珠王が今に伝えるユーモアあふれる人生訓!

世界中の女性の首を真珠でしめてごらんにいれます

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 これは、明治38年、伊勢神宮に行幸された明治天皇に拝謁した御木本幸吉が陛下に申し上げた言葉です。幸吉はこの頃、すでに半円真珠の養殖に成功しており、さらに真円の真珠を求めて研究を重ねていました。真珠養殖の成功をきっかけに、今でこそ、幸吉の言葉どおり真珠は私たちの身近な存在となりましたが、それ以前、真珠を身につけることができたのは、貴族や大金持ちなどごく一部の限られた人々だけでした。

わしは日本中を公園にしたい

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 「わたしが愛蔵している光琳の屏風をごらんになりませんか」

 御木本幸吉は彼の家を訪れる客人にこう言って眼下に広がる鳥羽湾の景色を自慢したといいます。鳥羽湾のみならず、真珠養殖をおこなった英虞湾や五ヶ所湾もリアス式海岸の広がる絶景。幸吉は、伊勢志摩の国立公園制定にも大きく貢献したのです。

 そして、彼の夢はさらに広がり、外国人記者を前にこう語りました。

 「これからの日本は、観光に力を入れなきゃいかん。いかん。わしは日本中を公園にしたい。」

尾形光琳(1658(万治元年)~1716(享保元年))江戸時代中期の絵師。大胆な構成、華麗な画風で、日本画に「琳派」と呼ばれる独自の作風を確立した。

希望ある人間はどこか輝かしいものを持っている

希望ある人間はどこか輝かしいものを持っている イメージ

 幸吉は、68歳のときに出かけた9ヶ月にわたる欧米視察旅行の途中、ニューヨークで細菌学の研究をしていた野口英世に会っています。野口英世は、ご承知のとおり福島県の農家の生まれで、幼少時代の大やけどを克服して医学の道に進み、世界的な学者となった人物です。

 ニューヨーク滞在中、幸吉は野口博士を度々訪ね、将棋に興じたといいます。勝負は五分五分。どちらもあまり強くはなかったようですが、世界的な学者のよい息抜きになったようです。

 幸吉は、野口博士に会ったときの印象を後にこう語っています。

 「希望ある人間は、どこか輝かしいものをもっている。」

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