転職や就職って、
決まるまではすごく希望がありますよね。
今より働きやすくなるかもしれない。
やっと自分に合う職場に出会えたかもしれない。
次こそは、無理しすぎずに働けるかもしれない。
人間関係も、仕事内容も、
今より少しはラクになるかもしれない。
そう思うからこそ、
不安があっても新しい環境に飛び込もうと思えるものだと思います。
私たちは、転職や就職をするとき、
条件だけを見ているわけじゃないんですよね。
給与や休日、勤務時間はもちろん大事だけど、
それ以上に
「ここならちゃんとやっていけそう」
「ここなら前より自然に働けそう」
という感覚を、どこかで信じて決めていることが多いです。
でも実際に働き始めてみると、
思っていたのと違った、
ということは少なくありません。
そしてある日、
好きになるどころか、
一気に気持ちが冷めてしまうことがあります。
この会社、なんか無理かもしれない。
ここで頑張る未来が急に見えなくなった。
この人たちと長く働く自分を想像すると苦しい。
そんなふうに、
入社前にはたしかにあった期待や安心感が、
働くうちに少しずつしぼんでいく。
それってまさに、
恋愛でよく聞く“蛙化現象”に少し似ているのかもしれません。
最初はいいと思っていた。
むしろ、かなり期待していた。
でも、近くで見れば見るほど、
知れば知るほど、
自分の気持ちがついていかなくなる。
職場で起きる蛙化現象は、
そんなふうにかなり静かに始まることが多いです。
しかも職場の場合は、
嫌になったからといって、
すぐに離れられるわけではありません。
毎日出社しなければいけないし、
生活もあるし、
簡単に辞めるわけにもいかない。
履歴書や経歴のことを考えると、
「まだ頑張ったほうがいいのかな」
「私が気にしすぎなのかな」
と自分に言い聞かせながら働き続ける人も多いと思います。
だからこそ、
職場での蛙化現象って、
ただの職場不満よりずっとしんどいんですよね。
外から見れば普通に働いているように見えても、
本人の中ではもうかなり気持ちが離れている。
それでも笑って出社して、
平気なふりをして、
なんとか一日を終わらせる。
その静かな消耗感が、すごく重たいものだったりします。
この記事では、
そんな**「職場での蛙化現象体験」**を
ひとつずつ丁寧にまとめています。
「なんでこんなに冷めたんだろう」
「私がわがままなだけなのかな」
「まだ続けたほうがいいのかな」
そんなふうに悩んだことがある人ほど、
きっとどこか重なるものがあるはずです。
転職で蛙化現象!転職先に対する蛙化の実体験をまとめてみた
仕事内容が違いすぎて、入社1週目で一気に冷めた
私は27歳のとき、
広告代理店のサポート職から転職しました。
前の会社では、営業事務みたいな立ち位置で働いていて、
毎日かなりバタバタしていました。
資料づくり、進行管理、社内外とのやり取り。
ずっと誰かを支える側で、
それはそれで必要な仕事だとわかっていたけど、
このままずっと“補助する人”のままなのかな、という気持ちがずっとありました。
本当は、もう少し企画や発信に近い仕事がしたかったんです。
自分の興味があることに近い仕事に行きたい。
ただ手を動かすだけじゃなくて、
考えたり、作ったりする側に少しでも寄りたい。
そう思って転職活動を始めました。
何社か見た中で、
いちばん惹かれたのが、
自社サービスを運営している会社の広報アシスタントの求人でした。
求人票には、
SNS運用の補助、
記事作成サポート、
企画の進行補助、
広報まわりのいろいろな仕事に関われる、
みたいなことが書いてありました。
面接でも、
最初はアシスタント業務が中心だけど、
慣れてきたら企画にも近づける、
発信が好きな人には向いていると思う、
そんな話をしてもらって、
ああ、やっと自分が行きたい方向に近い仕事ができるかもしれない、
とすごくうれしかったのを覚えています。
年収は少し下がりました。
でもそのときの私は、
お金よりも「やりたいことに近づけるか」を優先したかった。
だから納得して、その会社に入社を決めました。
内定が出た日は、本当にうれしかったです。
家族にも友達にも、
次は広報に近い仕事をすることになったよ、
と報告して、
自分でもかなり前向きな気持ちになっていました。
でも、入社初日から少しだけ違和感がありました。
最初の説明で聞いた内容が、
私が想像していた“広報の仕事”とはかなり違ったからです。
まず案内されたのは、
営業チームのサポートに近い業務でした。
クライアントへ送る資料の修正、
営業メンバーが使うリストの更新、
問い合わせの振り分け、
社内システムへの入力作業。
もちろん、最初から理想の仕事だけできるなんて思っていません。
最初は基礎から入るものだし、
いろんな部署を知るための期間なのかもしれない。
だからその日は、
まだ判断するのは早いな、と思いました。
でも、2日目も3日目も、
やることはあまり変わりませんでした。
SNSに触ることもない。
記事作成の話も出ない。
企画ミーティングに呼ばれることもない。
ただ、営業サポート寄りの細かい作業を覚えていく毎日。
1週間くらいたったころ、
私はようやく先輩に、
広報系の仕事はいつごろから関わる感じですか、
とやんわり聞いてみました。
返ってきたのは、
「うちは実際、最初みんな営業サポート多めなんだよね」
という軽い答えでした。
さらに話を聞いてみると、
今はいちばん人手が足りないのが営業まわりで、
広報業務はそこまで優先順位が高くない。
だからしばらくはそっちを手伝ってもらうことになると思う、
という感じでした。
その瞬間、
気持ちがすっと冷えたのを覚えています。
たぶん、会社としては悪気はなかったんだと思います。
必要なところに人を回すのは当然だし、
私に任せられることを振ってくれていたのかもしれない。
でも私の中では、
「やりたい仕事に近づける転職」のはずだったものが、
その場で一気に遠くなりました。
しかもつらかったのは、
完全に求人内容と違う、と言い切れないことでした。
たしかに“サポート業務”とは書いてあった。
面接でも“最初は補助から”とは言われていた。
だから、嘘をつかれたとまでは言えない。
でも、私が受け取っていたイメージと、
実際に始まった毎日は、かなり違っていたんです。
そのズレがあるのに、
強く不満を言うのも違う気がして、
自分の中でずっとモヤモヤしていました。
しかも周りには、
やりたい仕事に近づけてよかったね、
と言われていたから、
入社してすぐに
「思っていたのと違った」
とは言いづらかったです。
自分でも認めたくなかったんですよね。
せっかく勇気を出して転職したのに、
もう冷めてるなんて思いたくなかった。
でも、毎朝会社に向かうたびに、
今日もまたリスト更新かな、
今日も問い合わせ整理かな、
と思うようになっていって、
少しずつ足が重くなりました。
前職を辞めるとき、
私は“ただ支えるだけじゃない仕事がしたい”と思っていたはずなのに、
新しい会社では前よりさらに、
補助と雑務に寄っているような気がしたんです。
決定的だったのは、
入社2週目にあった部署ミーティングでした。
その場で上司が、
「今は広報より営業まわりの安定が優先」
というようなことを普通に話していて、
その瞬間、私はようやく現実を理解しました。
ああ、私がやりたいと思っていた仕事って、
この会社の中ではそもそも優先順位が高くないんだ。
私は“広報に近づくための人”ではなくて、
足りない業務を埋めるための人として入ったんだ。
そう思ったら、
本当に一気に冷めました。
転職で冷めるって、
もっとわかりやすいものだと思っていました。
人間関係が悪いとか、
ブラックすぎるとか、
そういうはっきりした理由で嫌になるのかなと思っていた。
でも実際は、
毎日少しずつ
「あれ、なんか違う」
が積み重なって、
気づいたら気持ちがなくなっているんですよね。
入社前は、
ここで頑張れば自分の働き方が変わる気がしていました。
でも入社して2週間くらいで、
ここで頑張っても、思っていた未来には行けないかもしれない、
という気持ちのほうが強くなりました。
そのときにはもう、
この会社を好きになろうとする気持ちは、かなりしぼんでいたと思います。
教えてもらえると思ったのに、放置された・・・
私は24歳のとき、
アパレル販売の仕事から事務職に転職しました。
前の仕事は、人と話すのは好きだったし、
接客そのものも嫌いではありませんでした。
でも、立ち仕事で体力的にきついし、
シフト制で生活も不規則で、
この先ずっと続けていくイメージが持てなかったんです。
だから次は、
平日勤務で、
できれば事務系の仕事に挑戦してみたいと思いました。
パソコンを使う仕事を覚えたいし、
もう少し長く続けられる働き方に変えたかったんです。
未経験から事務職に入るのは不安でした。
でも、面接で
「最初はみんな未経験みたいなものだから大丈夫」
「一から教える前提で採用している」
「わからないことは何でも聞いてください」
と言われて、かなり安心しました。
面接に出てくれた女性社員の方もやさしそうで、
ここならちゃんと見てもらえそう、
ここなら私でも頑張れるかも、
と思えたんです。
転職が決まったときは、
やっと生活リズムが整う、
これから少しずつ事務経験を積めるんだ、
とかなり前向きな気持ちでした。
でも、入社してみると、
思っていた“教えてもらえる環境”とはかなり違いました。
初日は、
パソコンの設定や社内ルールの説明で終わりました。
最初はそんなものかなと思いました。
2日目は、
共有フォルダの場所や、
社内チャットの使い方を少し教えてもらって、
そのあと
「とりあえずこのマニュアルを読んでおいて」
と言われました。
その時点では、
まだそこまで不安はありませんでした。
最初は座学みたいな感じなんだろうな、
少しずつ業務を覚えていくのかな、
と思っていたからです。
でも、3日目になっても、
4日目になっても、
仕事の全体像が見えてこなかったんです。
この資料を見ておいて。
このフォルダの中を確認しておいて。
過去のデータを眺めておいて。
そう言われるだけで、
何のために見ているのか、
自分がこれから何を担当するのか、
どこまで理解できればいいのかが全然わからない。
周りの人たちはみんな忙しそうで、
誰かがつきっきりで教えてくれる感じもありませんでした。
質問しても、
「今ちょっと立て込んでるから後でいい?」
と言われることが多くて、
その“後で”が来ないまま一日が終わることもありました。
みんな感じが悪いわけじゃないんです。
冷たく突き放されるわけでもない。
でも、面接で聞いていたような
“ちゃんと教える前提の環境”かと言われると、
全然そんな感じではなかった。
私はだんだん、
何を質問すればいいのかすらわからなくなっていきました。
よく
「わからないことがあったら聞いてね」
って言われるじゃないですか。
でも、まだ全体が見えていない状態だと、
“何がわからないのか”も整理できないんですよね。
だから本当は、
今はこれを覚えればいいよ、
次はこれをやろうか、
みたいに道筋を見せてほしかった。
でも実際は、
マニュアルを読んで、
過去のファイルを見て、
必要そうなところを自分でつかんで、
困ったら聞いて、
みたいな感じでした。
入社して数日後から、
簡単な入力作業や確認作業も少しずつ渡されました。
でもその説明もかなりざっくりしていました。
この一覧を更新しておいて。
やり方は前の人のファイルを見ればわかると思う。
似たようなデータがあるから参考にして。
そう言われてやり始めるけど、
細かいルールがわからない。
なぜその処理をしているのかもわからない。
前のファイルを見ても、
ただ真似するだけでいいのか判断がつかない。
そのたびに手が止まりました。
でも周りは忙しい。
声をかけるタイミングも難しい。
聞いたら聞いたで、
急いで答えてくれている感じが伝わってきて、
何度も聞くのが申し訳なくなる。
そのうち、
質問すること自体が怖くなっていきました。
私がいちばんつらかったのは、
仕事を教えてもらえないこと以上に、
自分がこのチームの一員だと思えなかったことです。
明確な担当もまだない。
誰かを助けている実感もない。
ただ席に座って、
資料を見たり、
簡単な作業をしたりして一日が終わる。
入社したばかりだから仕方ないと頭ではわかっていても、
毎日その状態が続くと、
自分がいてもいなくても同じなんじゃないか、
みたいな気持ちになっていきました。
前職の販売では、
大変でも、自分が何をすればいいかはいつもはっきりしていました。
接客をする。
売場を整える。
在庫を確認する。
忙しくても、自分の役割は見えていたんです。
でも新しい会社では、
誰も意地悪じゃないのに、
自分だけ透明人間みたいな気持ちになりました。
中途入社だからこそ、
できて当然と思われている感じも少しありました。
新卒なら、
何もわからない前提で見てもらえたかもしれない。
でも中途だと、
社会人経験があるぶん、
ある程度は察して動けるでしょ、
みたいな空気がある。
でも私にとっては、
業界も職種もほぼ初めてです。
事務の流れも用語も全部新しい。
それなのに、
「これくらいはわかるよね」
みたいな空気を感じるたびに、
すごく心細くなりました。
2週目くらいから、
朝起きるのが少しずつしんどくなりました。
仕事が嫌というより、
今日もまた何をしていいかわからないまま一日が始まるのかな、
と思うと気が重いんです。
怒られるわけじゃない。
きつく当たられるわけでもない。
でも、ずっと宙ぶらりんな感じがする。
その状態って、想像以上に疲れます。
ある日、
家に帰ってからふと、
前の仕事のほうがよかったのかな、
と思ってしまって、自分でも驚きました。
販売職がしんどくて転職したはずなのに、
少なくとも前の職場では、
自分が何をすべきかははっきりしていた。
大変でも、居場所はあった。
今はその“居場所がない感じ”のほうがつらい。
そう思った瞬間、
転職先への気持ちがかなり冷えていることに気づきました。
私は、転職で冷めるって、
もっとはっきりした理由があるものだと思っていました。
人間関係が悪いとか、
職場がブラックとか、
そういうわかりやすい何か。
でも実際には、
ちゃんと教えてもらえると思って入ったのに、
実際はずっと一人で手探りだった、
それだけで気持ちはかなり冷えていくんですよね。
入社前は、
ここで少しずつ覚えていけば大丈夫だと思っていました。
でも入社してみたら、
覚える前に放り出されているような感覚のほうが強くて、
会社に対する安心感はどんどんなくなっていきました。
気づいたころには、
この会社を好きになろうとする気持ちより、
今日もなんとかやり過ごそう、
という気持ちのほうが大きくなっていました。
フルリモートに憧れて転職したのに・・・
31歳のとき、
フルリモート勤務ができる会社に転職しました。
前の職場では、
通勤が本当にしんどかったんです。
朝の満員電車、
オフィスに着く前にもう疲れている感じ、
出社してからもずっと人の気配の中にいること。
人間関係で大きなトラブルがあったわけじゃないです。
でも、毎日職場の空気に合わせるだけで、
少しずつ気持ちが削られていました。
だから次は、
できればリモートで働ける会社に行きたいと思っていました。
通勤がないだけで、
きっと生活はかなりラクになる。
自分のペースで働けるようになる。
今よりずっと落ち着いて仕事ができるはず。
そう思っていたんです。
転職活動で出会った会社は、
フルリモート勤務が基本でした。
面接でも
「オンラインでもコミュニケーションは十分取れています」
「必要なときはすぐ相談できます」
「柔軟に働きやすい環境です」
と言われて、
まさに自分が探していた条件だと思いました。
転職が決まったときは、
本当にうれしかったです。
もう朝の通勤に消耗しなくていい。
メイクや服装も最低限でいい。
家で落ち着いて働ける。
今度こそ、無理のない働き方ができる気がしていました。
実際、最初の数日は
かなり快適に感じました。
朝ギリギリまで寝られるわけではないけれど、
満員電車に乗らなくていいだけでかなりラク。
家でお茶を飲みながら仕事を始められる。
お昼も自分のペースで取れる。
出社特有の細かいストレスがない。
最初は
「やっぱり転職してよかったかも」
と本気で思っていました。
でも、1週間、2週間とたつうちに、
少しずつ違う種類のしんどさが出てきました。
まず、誰がどんな人なのかが全然わからないんです。
画面越しでは会う。
チャットでもやり取りする。
でも、それだけ。
会話はほぼ用件だけで、
ちょっとした雑談もない。
オフィスなら、
誰が話しかけやすそうかとか、
誰が今忙しそうかとか、
会議前後の少しの会話とか、
そういうところから人との距離感がわかると思うんです。
でもフルリモートだと、
それがほとんどない。
誰にどう聞けばいいのか、
どういう言い方をすると伝わりやすいのか、
それがいつまでたってもつかめませんでした。
仕事でちょっと確認したいことがあっても、
いちいちチャットの文面を考えないといけない。
今送って大丈夫かな、
忙しくないかな、
この聞き方で失礼じゃないかな、
と考えてから送る。
オフィスなら数秒で聞けそうなことでも、
リモートだとひと手間もふた手間もかかる。
この小さいストレスが毎日続くのが、
思っていた以上につらかったです。
それに、
私は入社したばかりだったので、
社内にまだ知っている人がいませんでした。
すでに関係性ができている人たちの中に、
画面越しで一人だけ入っていく感じがすごく難しかった。
会議に出ても、
話している人たちは普段から関わりがある感じがして、
自分だけ少し外にいるような気持ちになる。
誰かが冗談を言っても、
その場の空気が読みきれない。
どこまで話していいのかもわからない。
あるときふと、
入社して2週間くらいたっているのに、
私、このチームの誰のこともほとんど知らないな、
と思ったんです。
顔もちゃんとは見ていない。
話したのも数回。
雑談したことがある人もほぼいない。
それに気づいた瞬間、
急に心細くなりました。
しかも、リモートだと
困っていることが周りに見えません。
オフィスなら、
ずっと手が止まっていたら誰かが気づくかもしれないし、
表情が曇っていたら声をかけてもらえるかもしれない。
でも在宅だと、
自分が困っていることを
自分で言葉にして発信しない限り、
本当に誰にも伝わらない。
でも、まだ全体が見えていない状態だと、
その“困っていること”をうまく説明するのも難しいんですよね。
私はだんだん、
一人で見えない試験を受け続けているみたいな気分になっていきました。
誰も露骨に厳しくしてくるわけじゃない。
でも、成果は見られている気がする。
会話は少ないのに、
判断だけはされているような感じがする。
相談したいけど、
相談するにも準備がいる。
自由な働き方に見えて、
実際はずっと見えない緊張がありました。
さらにしんどかったのは、
一日が終わったときの虚しさでした。
朝起きて、
パソコンを開いて、
チャットと会議で一日が終わる。
気づけば誰ともまともに会話しないまま夕方。
仕事が終わっても、
今日は何をしたんだっけ、
ちゃんと働けていたのかな、
みたいな感覚になるんです。
出社していたときは、
通勤は嫌だったけど、
職場に行って、
誰かと少し話して、
一日の区切りがありました。
でもフルリモートだと、
仕事と生活の境目も曖昧になって、
“会社に所属している感じ”がなかなか持てなかったです。
最初は理想だったはずの生活が、
だんだん静かすぎて苦しくなっていきました。
私は転職前、
人間関係に疲れていたから、
できるだけ人と関わらない働き方のほうがいいと思っていたんです。
でも、入社してしばらくしてから、
自分が本当にほしかったのは
“人と関わらないこと”じゃなくて、
“無理しなくていい関係の中で働くこと”だったのかもしれない、
と思うようになりました。
この違いって、入ってみないとわからなかったです。
フルリモートならラクだと思っていた。
でも実際には、
ラクというより孤独でした。
気を使わなくていい代わりに、
安心できるつながりもない。
通勤のしんどさはなくなったのに、
別の意味でどんどん気持ちが沈んでいきました。
特に転職直後って、
まだ会社の文化も人間関係もわからない状態です。
そのタイミングでフルリモートだと、
なじむためのきっかけ自体が少ないんですよね。
ある日、
オンライン会議で自分が発言したあと、
少しだけ場が静かになったことがありました。
たぶん本当に一瞬のことだったし、
気のせいだったのかもしれません。
でもその一瞬がすごく気になってしまって、
それ以降、会議で話すのが少し怖くなりました。
画面越しだと、
相手の表情や空気を読みきれない。
だから少しの間でも、
嫌な沈黙に感じてしまうんです。
その積み重ねで、
どんどん発言しづらくなって、
さらに距離を感じるようになっていきました。
転職で冷める理由って、
リモートか出社か、みたいな表面的な条件だけじゃないんだと思います。
本当に大事なのは、
その働き方の中で自分がちゃんと安心できるか、
ちゃんと人とつながれるか、
という部分なんですよね。
私は入社前、
フルリモートという条件にかなり期待していました。
通勤がないこと、
自分のペースで働けそうなこと、
それだけで前よりずっと楽になれると思っていた。
でも実際には、
便利さの裏で、
孤独と不安がどんどん大きくなっていきました。
そして気づいたころには、
この会社で働く自分が想像できなくなっていました。
誰かにひどいことをされたわけじゃない。
会社が明らかに悪いわけでもない。
でも、私はこの働き方の中で、
全然心が落ち着かなかった。
それに気づいた瞬間、
転職先への気持ちは一気に冷めたと思います。
フルリモートに憧れて転職したのに、
実際に始まったのは、
静かで、便利で、でもひどく孤独な毎日でした。
あんなに理想だと思っていた条件でも、
自分に合っていなければ、
こんなに簡単に気持ちは冷めるんだなと、
そのとき初めて知りました
社風が合わなくて、無理になった
26歳のとき、
営業事務の仕事から、
メーカーの企画サポート職に転職しました。
前の会社では、仕事そのものより、
職場の空気にずっと疲れていました。
上司の機嫌で場の温度が変わる感じとか、
ピリッとした空気の中で先回りして動かないといけない感じとか、
そういうものに毎日すり減っていたんです。
だから次は、
仕事内容も大事だけど、
ちゃんと落ち着いて働ける空気の会社がいいと思っていました。
人間関係で気を張りすぎずに働ける場所。
できれば、今より前向きな雰囲気の職場。
そういうところに行きたいと思って転職活動をしていました。
転職先の会社は、
面接の雰囲気がすごくよかったんです。
話してくれた人たちも明るくて、
でも押しつけがましい感じはなくて、
ここなら前よりのびのび働けるかもしれないと思いました。
仕事内容も、前から興味があった分野でした。
商品企画そのものではないけれど、
企画チームの近くで、
資料づくりや進行管理をしながら、
少しずつものづくりの流れに関われる。
それがすごく魅力的に見えたんです。
入社が決まったときは、
やっと“空気がしんどいだけの職場”から抜け出せる、
と思ってかなりうれしかったです。
仕事内容も前より好きになれそうだし、
人もよさそうだし、
今回はかなりいい転職かもしれないと思っていました。
実際、最初の数日は
仕事内容に対しては好印象でした。
扱う商品も面白いし、
会議で飛び交う言葉も前職とは違って新鮮で、
やっぱりこの分野に来たかったんだなと思えたんです。
でも、入社して2週間くらいで、
少しずつ別のしんどさが出てきました。
それが、社風でした。
この会社は、
とにかく“チーム感”が強かったんです。
みんなで頑張ろう。
みんなで支え合おう。
一人で抱えずに、チームで乗り切ろう。
そういう空気がすごく強い会社でした。
言葉だけ聞くと、
すごくいいことみたいですよね。
実際、悪い会社ではなかったと思います。
人も冷たくないし、
意地悪な人もいない。
むしろ、親切な人が多かったです。
でも、私はその“みんなでひとつ”みたいな空気が、
思っていた以上にしんどかった。
たとえば、朝礼で毎日ちょっとした共有の時間があるんです。
今日の目標とか、
最近気づいたこととか、
昨日うれしかったこととかを、
ひとことずつ話す流れがありました。
最初は、
そういう会社なんだな、くらいに思っていました。
でも、それが毎日になると、
だんだん気持ちが重くなってきたんです。
今日は特に話すことないな、と思う日もある。
まだ入社したばかりで、
そんなに前向きな気づきとか、
気の利いたことなんて毎日出てこない。
でも、みんなすごく自然に話していて、
自分だけがうまく乗れない感じがしました。
しかも、その空気は朝礼だけじゃなかったです。
ちょっとした会話でも、
みんなの距離が近い。
昼休みも一緒に食べる流れが多い。
終業後に軽い勉強会や振り返り会が入ることもある。
自由参加とは言われるけど、
ほとんどの人が出るから、
出ないと少し浮く感じがある。
前の会社の私は、
人間関係がしんどいと言っても、
実はかなりドライな環境にいたんだと思います。
だから次は“温かい会社”がいいと思っていた。
でも、温かさって、
人によっては距離の近さや一体感の強さとして感じることもあるんですよね。
私はそこに入ってみて初めて、
自分はそこまで会社に感情を預けたいタイプじゃないんだ、
と気づきました。
仕事はちゃんとやりたい。
責任も持ちたい。
でも、会社を好きでいることまで求められると苦しい。
同僚と適度に仲よくしたいけど、
毎回そこに気持ちよく乗れるわけじゃない。
その感覚が、自分の中ではすごくはっきりしていったんです。
つらかったのは、
仕事内容自体は嫌いじゃなかったことでした。
むしろ、仕事の内容だけ見れば、
前の会社よりずっと興味がありました。
扱うものも好きだったし、
覚えたいことも多かった。
だから最初は、
社風くらいなんとか慣れようと思ったんです。
でも、人って
仕事内容だけで毎日働けるわけじゃないんですよね。
朝会社に行って、
会話をして、
チャットを返して、
会議に出て、
ちょっとした雑談に反応して、
終業後の空気を読んで。
その全部が社風の中にあるから、
そこが合わないと、
仕事が好きでも毎日がじわじわしんどくなる。
私が決定的に冷めたのは、
入社して1カ月くらいたったころでした。
その日、終業後に
チームの“未来のありたい姿”みたいな話をする時間があったんです。
会社として何を目指したいか、
このチームをどうしていきたいか、
そのために自分はどう関わりたいか、
みたいなことをそれぞれ話す流れでした。
みんなすごく前向きで、
熱量も高くて、
本当に悪い空気ではなかったです。
でも、私はその場に座りながら、
どうしても気持ちが入らなかった。
私は今、
そこまで会社に自分の未来を重ねられない。
まずはちゃんと日々の仕事を覚えたいし、
落ち着いて働けるようになりたいだけなのに、
その先の熱意まで自然に求められている感じがして、
すごく息苦しくなりました。
その瞬間、
あ、この会社の“いいところ”が、
私にはしんどさになってるんだ、
とはっきり思いました。
悪い会社じゃない。
人も優しい。
仕事内容も嫌いじゃない。
でも、この空気の中では私はずっと気を張ってしまう。
そして、それが毎日続くなら、
私はたぶん長くはもたない。
そう思ったら、一気に冷めました。
転職って、
仕事内容さえ合えばなんとかなると思っていたんです。
でも実際には、
毎日自分が吸い込む“空気”のほうが、
もっと強く心に影響することがある。
私はこの転職で、
仕事が好きでも社風が合わないと無理なんだ、
ということを思い知らされました。
年収が下がると覚悟してたけど・・・
私は33歳のとき、
営業職から、
広報寄りのバックオフィス職に転職しました。
前の会社は、
年収は悪くなかったんです。
でもそのぶん、
仕事量も責任もかなり重くて、
ずっと気が張っていました。
数字のプレッシャーも強いし、
休日も完全に頭を切り替えられない。
平日は帰るころにはへとへとで、
土日は疲れを取るだけで終わる。
このまま何年も続けるのは無理かもしれない、
と思うようになっていました。
だから転職を考えたとき、
私は最初から
「年収が少し下がるのは仕方ない」
と思っていました。
もう少し穏やかに働きたい。
体と心に余白がほしい。
仕事だけで一週間が終わる感じから抜けたい。
そう考えたら、
収入が少し落ちても、そのぶん生活がラクになるならいい、
と本気で思っていたんです。
転職先は、
前より年収が下がることがわかっていました。
でも仕事内容は落ち着いていて、
働き方も比較的安定していそうだった。
面接でも、
今より少し余裕のある働き方ができそうだと感じました。
だから私は、
条件をちゃんと理解したうえでその会社に入りました。
我慢して下げたというより、
自分で納得して選んだつもりでした。
内定が出たときも、
不安がゼロではなかったけれど、
それより
やっと少しラクになれるかもしれない、
という期待のほうが大きかったです。
でも、入社してから数カ月で、
その“納得していたはずの年収ダウン”が、
思っていた以上にじわじわ効いてきました。
最初に実感したのは、
毎月の手取りでした。
もちろん、数字としては事前にわかっていたんです。
でも、実際に振り込まれて、
そこから家賃や生活費を出していくと、
想像よりずっと余裕がない。
美容院のタイミングを少し考える。
服を買うときに一度立ち止まる。
友達に誘われた食事も、
今月どうしようかなと考える。
前ならあまり迷わなかった出費に、
いちいちブレーキがかかるようになりました。
その小さな変化が、
思っていたよりしんどかったです。
しかも、
もし転職先で心がすごくラクになっていたなら、
私はたぶん納得できたと思うんです。
お金は少し減ったけど、
前より穏やかに暮らせているなら意味がある、
と思えたはずでした。
でも実際には、
新しい会社にも新しいしんどさがありました。
仕事は思っていたより地味。
人間関係も、特別ラクなわけではない。
教育体制もそこまで整っていない。
“穏やかそう”に見えたけれど、
気を使う場面は普通にある。
その状態で、
お金だけは確実に減っている。
その現実に気づいたとき、
私はかなり一気に冷めました。
私は何を得るためにここへ来たんだろう。
前より楽になると思ったのに、
そこまで楽でもない。
成長実感があるわけでもない。
なのに、お金は減っている。
そう思うと、
会社の見え方まで変わっていきました。
最初は気にならなかったことも、
だんだん引っかかるようになりました。
会議が長いこと。
仕事の割り振りが曖昧なこと。
細かい雑務が多いこと。
なんとなく納得しきれないルールがあること。
前なら流せたかもしれないことも、
「これだけしかもらえないのに、なんでここまで」
という気持ちと結びついて、
全部が少しずつ重くなっていったんです。
私は転職前、
友達にも
「年収下がるの不安じゃない?」
と聞かれていました。
そのたびに、
「たぶん大丈夫。今より気持ちに余裕ができるほうが大きいから」
と答えていました。
そのときは本気でそう思っていたんです。
お金より、自分の心の平和を優先したい。
そう思えるくらい前職に疲れていました。
でも現実は、
心の平和がそこまで増えたわけじゃなかった。
そのうえで、お金の余裕だけは確実に減った。
この状態が、本当にじわじわ苦しかったです。
私は転職後しばらくして、
前の会社のことを思い出す時間が増えました。
もちろん、前の会社に戻りたいわけじゃない。
しんどかった記憶もちゃんとある。
でも、少なくともあのときは、
生活の不安は今より少なかった。
疲れていても、
頑張った分だけの見返りを感じやすかった。
美容も、趣味も、
今より気兼ねなく楽しめていた。
そうやって比較が始まると、
今の会社への気持ちはどんどんしぼんでいきました。
そしてつらかったのは、
これを人に言うと
「自分で下がるのわかって入ったんでしょ」
で終わってしまいそうなことでした。
たしかにそうなんです。
私が納得して選んだ。
でも、納得していたことと、
実際に平気でいられることは別なんですよね。
頭ではわかっていた。
でも体感としては甘く見ていた。
しかも、そのぶん得られると思っていたものが、
思ったほど手に入っていない。
そのことが本当に苦しかったです。
ある日、
スーパーで買い物をしているときに、
前より値段を見る回数が増えている自分に気づきました。
大げさじゃなく、
その瞬間ちょっと泣きそうになったんです。
私は穏やかな生活がほしくて転職したはずなのに、
今は仕事でもモヤモヤして、
私生活でもお金のことを細かく気にしている。
これって何のための転職だったんだろう、
と思いました。
年収が下がる転職って、
下がること自体が問題というより、
その代わりに何が得られるかがすごく大きいんだと思います。
私の場合は、
その“得られるはずだった穏やかさ”が、
思っていたほど手に入らなかった。
だから、年収ダウンがただの我慢に見えてしまったんです。
そして、我慢だけが残った瞬間、
気持ちはかなり早く冷えました。
転職前は、
条件が少し下がっても、
今より自分らしく暮らせるならいいと思っていました。
でも現実には、
暮らしの余裕も減って、
仕事への納得感もそこまで高くない。
そのギャップに気づいたとき、
私はこの会社を好きになるのは難しいな、
とはっきり思いました。
年収ダウンを受け入れて転職したのに冷めるなんて、
最初は自分でも認めたくなかったです。
でも今振り返ると、
“覚悟していたこと”と
“実際に耐えられること”は別なんだなと思います。
年収は上がったのに、なぜか将来が不安になった
私は30歳のとき、
中小企業の経理から、
もう少し規模の大きい会社の管理部門に転職しました。
前の会社では、
仕事量のわりに年収が低いな、
と思うことがずっとありました。
月末月初はかなり忙しいし、
急な対応も多いし、
人数が少ないぶん、いろいろな業務を兼任していました。
でもその反面、
自分で考えて動く場面も多かったんです。
数字を見て、
あれこれ先回りして調整したり、
他部署と話しながら流れを整えたり、
ときには経営に近い資料づくりを手伝うこともあって、
大変だけど“ちゃんと働いてる感”はありました。
ただ、年齢的なこともあって、
このまま今の会社にいても
年収が大きく上がる感じはしないなと思っていました。
結婚とか、一人暮らしの先のこととか、
将来を考えると、
もう少し条件のいい会社に行きたい気持ちが強くなったんです。
転職活動で出会った会社は、
前より年収がかなり上がる求人でした。
会社の規模も大きめで、
制度もしっかりしていそう。
オフィスもきれいで、
面接で話した人たちも落ち着いて見えました。
仕事内容は、
経理として今までの経験を活かしながら、
専門性を高めていける、
という説明でした。
私はそれを聞いて、
年収も上がって、
ちゃんとした会社で、
今までの経験も活かせるなら、かなり理想的かもしれない、
と思ったんです。
内定が出たときは、
素直にうれしかったです。
前職より条件がいい会社に行ける。
今まで頑張ってきたことが、
やっとちゃんと評価された感じがしました。
家族や友達にも
「それは転職してよかったね」
と言われて、
私も今回はかなり成功に近い転職かもしれない、
と思っていました。
実際、入社直後は
かなりちゃんとして見えました。
前の会社よりルールが整っている。
システムもきれい。
申請フローも明確。
働く環境としては、
たしかに前より洗練されている感じがありました。
でも、入社して少したつと、
だんだん別の不安が出てきました。
それは、
仕事の範囲が想像以上に細かく分かれていたことです。
前の会社では、
月次の数字をまとめるだけじゃなくて、
その先の確認や調整まで含めて
かなり広く関わっていました。
忙しかったけど、
「これは自分の仕事」と思える範囲が広かったんです。
でも新しい会社では、
役割分担がしっかりしているぶん、
自分の担当範囲がかなり狭かった。
私はこの処理だけ。
その先の判断は別の人。
最終確認は上の人。
関連部署との調整はまた別担当。
ミスが起きにくい仕組みではあるし、
それ自体は悪いことではないんです。
でも毎日仕事をしていると、
私はこの一部分だけをずっとやるのかな、
という気持ちが少しずつ大きくなっていきました。
最初は、
まだ入社したばかりだからかな、
と思いました。
もう少したてば、
もう少し広い仕事も任せてもらえるのかもしれない。
今はまだ基礎を覚える期間なのかもしれない。
そう思うようにしていました。
でも、数カ月たっても、
担当範囲はそこまで大きく変わりませんでした。
毎日の仕事はちゃんとある。
暇なわけではない。
でも、自分が積み上げているものの輪郭が見えにくいんです。
前の会社では、
一日が終わるたびに
疲れたけど、今日もいろいろやったな、
という感覚がありました。
新しい会社では、
ミスなく、無難に終わったな、
という感覚のほうが強かった。
最初はその“無難さ”が楽に思えたんです。
でもだんだん、
その平らさが怖くなってきました。
このまま1年たったらどうなるんだろう。
3年たったら何ができるようになるんだろう。
もしまた転職したくなったとき、
私は何を強みとして話せるんだろう。
そういうことを考える時間が増えていったんです。
年収は上がりました。
でも、仕事の中身は前より薄く感じる。
今は条件がいいように見えても、
この先の自分の市場価値は
むしろ前より下がるんじゃないか、
そんな不安が出てきました。
つらかったのは、
この悩みを人に言いにくいことでした。
だって、
外から見たらすごく順調なんです。
年収は上がってる。
会社も前より大きい。
労働環境も悪くない。
それなのに、
なんとなく将来が不安で冷めてきた、なんて、
贅沢に聞こえそうで言えなかった。
自分でも、
何がそんなに不安なんだろう、
と思うことがありました。
でも毎日働く中で、
このままここにいて、
私はちゃんと前に進んでいるのかな、
という感覚がずっと消えなかったんです。
あるとき、
前職の同僚と久しぶりに話したことがありました。
その子は相変わらず忙しそうで、
毎日大変そうでした。
でも、
新しい仕組みづくりに関わってるとか、
経営会議向けの資料を任されてるとか、
大変そうだけど、明らかに仕事の幅は広がっていました。
その話を聞いた帰り道、
私は少し複雑な気持ちになりました。
前の会社に戻りたいわけじゃない。
でも、あの会社にいた自分のほうが
ちゃんと成長していたのかもしれない。
今の私は、
条件は良くなったけど、
未来の手応えはむしろ薄くなっているのかもしれない。
そう思ってしまったんです。
その瞬間、
私はこの転職に対してかなり冷めていることに気づきました。
年収が上がれば安心できると思っていた。
少なくとも、前より満足度は上がると思っていた。
でも実際には、
お金が増えたことと、
将来に希望が持てることは全然同じじゃなかった。
今が少し楽でも、
この先の自分につながっている感じがしないと、
気持ちはじわじわ離れていくんだなと思いました。
私はこの転職で、
条件のよさだけでは
“この会社にいたい”という気持ちは続かないんだ、
ということをすごく実感しました。
キャリアアップしたかったのに、気づけば事務作業ばかりだった
私は28歳のとき、
一般事務の仕事から、
もう少しキャリアアップできそうな会社に転職しました。
前の会社では、
ずっとルーティンワークが中心でした。
請求書の処理、
データ入力、
社内の細かい手続き、
問い合わせ対応。
必要な仕事ではあるし、
それなりにきちんとやっていたつもりです。
でも、何年たっても
仕事内容がほとんど変わらなかったんです。
このまま年齢だけ重ねて、
“誰でもできる事務”のままになったらどうしよう、
という不安がだんだん大きくなっていきました。
私は本当は、
もっと考える仕事がしたかったんです。
改善とか、企画とか、
少しでも“自分で動いて仕事を作る”側に近づきたかった。
だから転職するときは、
仕事内容をかなり慎重に見ていました。
応募した会社の求人には、
「幅広い業務に関われる」
「主体的に動ける人歓迎」
「将来的には企画や運営にも関われる」
みたいなことが書いてありました。
面接でも、
最初はサポート業務が中心だけど、
意欲がある人にはどんどん任せたい、
という話をされました。
私はそれを聞いて、
やっと今の仕事の延長じゃない働き方ができるかもしれない、
と思ったんです。
もちろん最初から全部理想どおりとは思っていませんでした。
最初は下積みもある。
最初は地味な仕事もある。
それは当然だと思っていました。
でも、
その先に少しでも広がりがあるなら頑張れる、
そう思って転職を決めました。
入社が決まったときは、
かなり前向きでした。
次こそ、
“ただ処理するだけ”の毎日から抜け出せるかもしれない。
もう少しちゃんとキャリアになる仕事ができるかもしれない。
そう思っていました。
でも、入社してみると、
最初に任された仕事は
想像以上に細かい事務作業ばかりでした。
データ入力。
進捗表の更新。
会議資料の体裁修正。
共有フォルダの整理。
申請内容のチェック。
フォーマット通りの報告書作成。
もちろん、最初はそんなものかもしれないと思いました。
全体の流れを知るには必要なことなのかもしれないし、
地味な作業が悪いわけじゃない。
だから最初のうちは、
今は土台づくりの時期なんだと思うようにしていました。
でも、1カ月たっても、
2カ月たっても、
仕事の中心はほとんど変わりませんでした。
会議に出ても議事録担当。
案件に関わっても進行表の更新。
何か新しい取り組みが始まっても、
私に回ってくるのは
その裏側の確認作業や資料整理ばかり。
私がやりたかったのは、
たぶんこういうことだけじゃなかった。
その気持ちが少しずつ大きくなっていきました。
つらかったのは、
やることがないわけじゃないところです。
むしろ毎日忙しいんです。
細かい確認も多いし、
抜け漏れが許されない作業も多い。
一日があっという間に終わることもある。
でもその忙しさが、
“自分が育ってる感じ”につながらなかった。
今日もたくさん処理した。
今日もなんとか終わった。
でも、これが明日の自分の強みになる感じがしない。
その感覚がずっとありました。
前職でも、
そういう気持ちがあったから転職したはずなのに、
新しい会社でもまた同じようなことを感じている。
それがすごく苦しかったです。
私は最初、
まだ入社したばかりだから
目立つ仕事を任されないのは当然だと思っていました。
だからしばらくは文句を言わずに頑張ろうと思っていたし、
むしろ雑用も丁寧にこなせる人のほうが
信頼されるんじゃないかとも思っていました。
でも、半年近くたったころ、
少しずつ見えてきたものがありました。
それは、
私の先輩たちも、
思っていたほど企画や改善のほうには進んでいなかったことです。
何年かいる人も、
やっていることは似たような事務処理が中心。
たまに少し裁量があるように見えても、
本当に上流の仕事をしているのはごく一部だけ。
しかもそこへどう行けるのかは、
あまり明確じゃなかったんです。
その現実を見たとき、
私はかなりがっかりしました。
最初は、
今はサポートでも、
その先があると思っていた。
でも実際には、
その“その先”がかなり遠いか、
もしかしたらほとんどないのかもしれない。
そう思った瞬間、
転職先への期待が一気にしぼみました。
決定的だったのは、
ある日ふと
「これ、私じゃなくてもできる仕事ばかりだな」
と思ってしまったことでした。
もちろん、
誰かがやらないと回らない仕事だし、
大事じゃないとは思っていません。
でも私は、
その大事な作業を丁寧に続けることだけじゃなくて、
もう少し先の景色を見たくて転職したはずでした。
それなのに、
気づけば前職と似たように
確認して、整えて、処理して、終わる毎日。
しかも今回は、
自分で“キャリアアップできるかも”と思って選んで入っている。
その分、失望も大きかったです。
あるとき、
学生時代の友達に
「転職してどう? 前よりやりがいある?」
と聞かれたことがありました。
そのとき私は、
うまく答えられませんでした。
忙しいよ、とは言える。
大変だよ、とも言える。
でも“やりがいある”とは、
どうしても言えなかったんです。
その瞬間、
私はかなり冷めているんだなと思いました。
入社前は、
ここでなら今までより少し前に進める気がしていました。
でも実際には、
忙しさの中身が変わっただけで、
自分が求めていた成長実感はそこまで増えていなかった。
私はこの転職で、
仕事があることと、
キャリアになることは別なんだと痛感しました。
忙しいだけじゃ人は満たされないし、
ちゃんと前に進んでいる感覚がないと、
どれだけ毎日頑張っていても、
気持ちはじわじわ冷えていくんだと思います。
ワークライフバランスを求めて転職したのに・・・
私は32歳のとき、
広告系の会社から、
ベンチャー寄りの企業に転職しました。
前職はとにかく忙しかったです。
残業も多いし、
休日も仕事の連絡が来ることがある。
平日は家に帰るころにはもう何もできなくて、
土日は疲れを取るだけで終わることが多かったんです。
若いころはそれでもなんとかやっていたけど、
30代に入ってから、
この働き方をずっと続けるのは無理かもしれない、
と本気で思うようになりました。
私は転職するとき、
もう少し自分の生活を取り戻したいと思っていました。
ちゃんと働きたい。
でも、仕事だけで一週間が終わる毎日はもう嫌だった。
家でゆっくりごはんを食べたり、
平日に少し早く寝たり、
休日に仕事のことを考えずに過ごしたり、
そういう当たり前のことがほしかったんです。
転職先の会社は、
面接ではかなり雰囲気がよく見えました。
若い人も多いけど、
柔軟で、風通しがいい。
裁量もあるし、
無駄なルールに縛られない。
そういう説明を受けて、
前の会社みたいな重たい感じではなさそうだなと思ったんです。
働き方についても、
比較的オンオフははっきりしている、
という話でした。
私はそれを聞いて、
多少忙しい時期があっても、
少なくとも今よりは生活の余白ができるかもしれない、
と思いました。
入社が決まったときは、
やっと普通の生活に戻れるかもしれない、
という気持ちが大きかったです。
朝から夜まで仕事に追われて、
家に帰って寝るだけ、みたいな毎日から
少し離れられると思っていました。
でも、入社してみると、
会社の“熱量”が思っていた以上に高かったんです。
最初は、
みんな前向きでいい会社だな、くらいに思っていました。
若い人が多くて活気があるし、
会議でもアイデアがどんどん出る。
会社をもっとよくしたい、
仕事をもっと面白くしたい、
そういう気持ちを持っている人が多いのは伝わってきました。
でも、働き始めてしばらくすると、
その熱量に自然に乗ることが前提みたいな空気を感じるようになりました。
担当の仕事をきちんとやるだけでは足りない。
もっと自分から提案したほうがいい。
もっと会社のことを考えたほうがいい。
もっとチームに関わったほうがいい。
そういう空気が、
言葉にされなくてもずっとある感じがしたんです。
私は、
仕事を適当にしたいわけじゃありませんでした。
ちゃんと働きたいし、
責任も持ちたい。
でも、
仕事への熱量をいつも高い位置に保って、
会社のことを常に前向きに考え続けるのは、
正直かなりしんどかったです。
しかもつらかったのは、
その熱量が勤務時間の中だけでは終わらなかったことでした。
終業後に勉強会がある。
軽い交流会がある。
チームの振り返り会がある。
今後のビジョンを話す時間がある。
全部が強制参加ではないけれど、
参加している人が多いから、
自然とそこに乗る流れになる。
私は最初、
1回2回は参加していました。
せっかく新しい会社に入ったし、
ちゃんとなじみたい気持ちもあったからです。
でもだんだん、
仕事が終わったあとまで
この熱量の中にいるのがしんどくなっていきました。
みんな本当に悪気がないんです。
楽しそうだし、
前向きだし、
この会社をよくしたい気持ちも伝わってくる。
だからこそ、
そこにうまく乗れない自分のほうが悪い気がしてきてしまう。
もっと前向きに関わるべきなのかな。
このくらい普通なのかな。
私が冷めてるだけなのかな。
そうやって、自分の感覚のほうを疑うようになりました。
でも、
やっぱり私は
そこまで仕事を生活の中心にしたくなかったんです。
ちゃんと働いて、
ちゃんと帰って、
自分の時間も大事にしたい。
仕事は大切だけど、
全部ではない。
その感覚を持っているだけで、
少し肩身が狭い感じがありました。
決定的だったのは、
ある日のチームミーティングでした。
その日は、
ただ業務の話をするだけじゃなくて、
「自分がこの会社でどんなふうに成長したいか」
「半年後にどうなっていたいか」
みたいなことを話す時間がありました。
みんなすごく前向きで、
自分の目標や思いをちゃんと言葉にしていました。
それ自体は素敵だなと思ったんです。
でも私は、
その場にいながらどうしても気持ちが乗らなかった。
今の私は、
まずちゃんと日々の仕事をこなして、
無理なく暮らせることのほうが大事だった。
そこまで高い熱量で
会社の未来や自分の成長を語る気力がなかったんです。
そのときに、
ああ、この会社の当たり前と、
私がほしい働き方の当たり前は違うんだ、
とはっきり思いました。
前職を辞めたのは、
もう少し穏やかに働きたかったからです。
でも新しい会社では、
残業時間そのものは前より減っても、
気持ちはずっと仕事に引っ張られている感じがありました。
定時で帰れても、
会社の熱量に合わせようとして疲れる。
イベントに出るか迷って疲れる。
チャットのテンションに反応して疲れる。
“もっと前向きでいるべき”みたいな空気を感じて疲れる。
それって結局、
私が求めていたワークライフバランスとは違いました。
私は転職前、
ワークライフバランスって
残業が少ないことだと思っていた部分がありました。
でも実際には、
仕事以外の時間や気持ちを
どれだけちゃんと自分のものとして守れるか、
そこまで含めてバランスなんですよね。
この会社に入ってから、
日曜の夕方になると
また明日からあの熱量の中に入るのか、
と思って気持ちが重くなるようになりました。
前職とは違う種類のしんどさだけど、
やっぱり私はまた仕事に生活を飲まれそうになっていました。
そのことに気づいたとき、
かなり一気に冷めました。
会社の人たちは悪くない。
むしろ頑張っているし、
すごい人も多い。
でも、
その中で自然に呼吸できるかは別の話なんだなと思いました。
私はこの転職で、
仕事への熱量が高い会社が
自分にも合うとは限らないことを知りました。
前向きな空気があることと、
自分がラクに働けることも、
全然同じじゃなかった。
ワークライフバランスがほしくて転職したのに、
気づけばまた
仕事の空気に心まで持っていかれていた。
その現実が見えた瞬間、
私はこの会社に対して
かなり静かに、でも確実に冷めていたと思います。
前の会社のほうがよかったと思って冷めた
私は27歳のとき、
不動産系の会社から、
IT系の事務職に転職しました。
前の会社を辞めようと思った理由は、
かなりはっきりしていました。
人間関係に少し疲れていたし、
会社の体質もどこか古くて、
働き方もあまり今っぽくなかったんです。
上司との距離感も近すぎるし、
ちょっとした雑談の中に
プライベートのことまで自然に入ってくる感じも苦手でした。
仕事の進め方も属人的で、
もっと仕組みが整っている会社に行きたい、
という気持ちがずっとありました。
だから転職活動をするとき、
私はかなり慎重でした。
次こそ同じ失敗をしたくなかったんです。
会社のホームページを見るのはもちろん、
採用ページも読み込みました。
社員インタビューも見たし、
働き方や福利厚生も確認したし、
口コミサイトもかなり見ました。
悪い評価だけじゃなく、
いい評価も含めて、
その会社がどう見られているかをちゃんと知りたかったんです。
転職先に選んだ会社は、
すごく今っぽく見えました。
ホームページのデザインも洗練されていて、
言葉の選び方もやわらかい。
働く人を大切にする、
多様性を尊重する、
風通しのいい環境、
みたいなメッセージも並んでいて、
前の会社よりずっと自分に合いそうだと思いました。
口コミも、
前職の会社より全体的に良さそうでした。
穏やかな人が多いとか、
制度が整っているとか、
ワークライフバランスが取りやすいとか、
私が求めていたことに近い言葉も多かったんです。
面接の雰囲気も悪くありませんでした。
話してくれた人たちも落ち着いていて、
少なくとも前の会社のような
古い感じや圧のある空気はなさそうに見えた。
だから内定が出たとき、
私はかなり安心していました。
ちゃんと調べたし、
勢いじゃなく選んだし、
今回はたぶん大丈夫、
と思っていたんです。
でも、入社してしばらくすると、
少しずつ違和感が出てきました。
最初に思ったのは、
“整っているように見えて、実際はそうでもない”
ということでした。
たとえば、
採用ページでは教育体制があるように見えたのに、
実際はかなり現場任せ。
制度はあるけれど、
それがちゃんと機能しているかというと微妙。
ルールは一応あるけれど、
部署によって運用がばらばら。
見た目は新しくてきれいなのに、
中に入ると意外と雑。
そのギャップに、
最初はちょっと戸惑いました。
でも、そのくらいなら
どこの会社にもあるのかもしれない、
と思うようにもしていました。
入社してすぐ全部が完璧なわけじゃないし、
多少のズレはあるだろう、と。
ただ、日がたつほど、
前の会社のことを思い出す場面が増えていったんです。
前の会社はたしかに古かったし、
嫌なところもたくさんありました。
でも、引き継ぎはもう少し丁寧だった。
誰に聞けばいいかは、はっきりしていた。
仕事の優先順位もわかりやすかった。
忙しくても、
困っていたら誰かが気づいてくれる感じはあった。
新しい会社では、
人は穏やかだけど距離がある。
整っているように見えるけど、
意外と自己判断が多い。
静かだけど、
助け合いが強いわけではない。
その違いに気づくたびに、
前の会社の“嫌だったはずの部分”のそばにあった
安心感みたいなものを思い出してしまいました。
一番しんどかったのは、
前の会社のほうがよかったかもしれない、
と自分で思い始めたことでした。
だって私は、
前の会社が嫌で転職したはずなんです。
あのままではつらいと思って辞めた。
だから、新しい会社で働きながら
前のほうがまだよかったかも、
なんて思うのは、
自分の判断を自分で否定するみたいで苦しかったです。
ある日、
前職の同期と久しぶりに連絡を取ったことがありました。
その子はまだ同じ会社で働いていて、
相変わらず大変そうではあったけれど、
社内の話をしている感じがどこか自然だったんです。
私も前ならその話にすぐ入れた。
あの会社の流れも、
人の感じも、
何が起きそうかも、
全部わかっていた。
その感覚を思い出したとき、
新しい会社で毎日どこか気を張っている自分が
急に寂しくなりました。
前の会社に戻りたいわけじゃない。
でも、前の会社にいた自分のほうが、
少なくとも働くことに対して自然だった気がしたんです。
転職前、私は
口コミも見たし、ホームページも読んだし、
面接でも質問したし、
かなり慎重に選んだつもりでした。
それでも、入ってみないとわからないことって
こんなにあるんだなと思いました。
ホームページに書かれていることと、
現場で実際に感じることは違う。
口コミの“穏やか”も、
自分にとっての働きやすさと一致するとは限らない。
そういうことを、
入社してから少しずつ知っていったんです。
そして、
前の会社のよかったところばかり見えるようになった頃には、
私はもうこの会社を好きになろうとする気持ちを
かなり失っていました。
転職で冷めるって、
新しい会社が絶対に悪い、
ということばかりじゃないんだと思います。
新しい環境に入ったことで、
前の会社で自分に合っていたものが
はっきり見えてしまうこともある。
私はこの転職で、
前の会社の嫌だった部分だけじゃなく、
自分にとって必要だった部分まで一緒に手放していたんだ、
と気づきました。
そのことに気づいた瞬間、
転職先への気持ちはかなり静かに、でも確実に冷めていきました。
「すぐ辞めたら経歴に傷がつく」と思って動けなくて冷めた
私は25歳のとき、
医療事務の仕事から、
一般企業の事務職に転職しました。
前職は、
仕事自体は嫌いじゃなかったんです。
でも、人手不足でずっと忙しくて、
休みも取りづらかったし、
将来の働き方を考えたときに
もう少し別の環境を見てみたいと思うようになりました。
転職活動で受けた会社は、
土日休みで、
勤務時間も安定していて、
事務経験も活かせると聞いていました。
面接でも、
落ち着いた環境です、
未経験の部分があっても大丈夫です、
という話をされて、
今より穏やかに働けるならいいかもしれない、
と思って入社を決めました。
でも正直に言うと、
私は初日から少し違和感がありました。
まず、受け入れの空気が
思っていたよりかなり雑だったんです。
誰が自分の教育担当なのかもはっきりしない。
説明も最低限。
席に案内されて、
とりあえずここ使ってください、
みたいな感じで始まった。
忙しいのかもしれない。
タイミングが悪かったのかもしれない。
そう思おうとしました。
でも、初日の帰り道にはもう少しだけ、
あれ、なんか違うかも、
という気持ちがありました。
2日目、3日目になっても、
その違和感は消えませんでした。
仕事内容も、
聞いていたイメージより細かい雑務が多い。
引き継ぎもかなりざっくり。
周りは忙しくて、
質問しやすい空気ではない。
休憩の取り方も、
求人票で見た印象よりなんとなく取りづらい。
全部が“完全に違う”とまでは言えないんです。
でも、
思っていたより少しずつ違う。
その少しずつが、
毎日積み重なっていきました。
私は最初、
一日や二日で判断するのは早すぎる、
と思っていました。
まだ緊張しているだけかもしれない。
自分が新しい環境に慣れていないだけかもしれない。
そうやって自分に言い聞かせていたんです。
それに何より、
ここで「やっぱり無理かも」と思っても、
すぐ辞めるなんて現実的じゃないと思っていました。
転職って、
決まるまで本当に大変じゃないですか。
求人を見て、
応募して、
面接を受けて、
前職を辞めて、
ようやく入社した場所です。
それを、たった数日とか数週間で
もう違うかもしれない、
なんて認めたくなかったんです。
あと、やっぱり
すぐ辞めたら経歴に傷がつく、
という不安がすごくありました。
次に転職するとき、
なんでそんなに早く辞めたんですか、
と絶対聞かれる。
履歴書にも残る。
周りにも心配されるかもしれない。
そう思うと、
どれだけ違和感があっても
もう少し頑張るしかない、
と自分に言い聞かせるしかなかったです。
でも、その“もう少し”が
いちばんしんどかった。
会社が明らかにブラックとか、
誰かに強く傷つけられたとか、
そういうわかりやすい理由があるわけじゃない。
だから、
辞めたいとまでは言いにくい。
でも実際には、
毎朝会社に向かうのが少しずつ重くなっている。
日曜の夜になると気分が沈む。
会社の最寄り駅に着くと、
なんとなくお腹が重い。
その感覚が続いているのに、
まだ頑張れるはず、
まだ早い、
と思い続けるのが、本当にきつかったです。
私は入社して1カ月くらいしたころ、
体にも少しずつ出始めました。
夜、寝つきが悪くなる。
朝、起きた瞬間から気が重い。
小さなことで妙に疲れる。
特に何か大きな出来事があったわけじゃないのに、
ずっと緊張している感じが抜けないんです。
でも、その時点でも
辞めるとは決められませんでした。
1カ月で辞めるなんて、
さすがに早すぎる。
周りから見ても、
ただ根性がないだけに見えるかもしれない。
そう思っていました。
ある日、
仕事中にちょっとした確認をされたとき、
なぜか涙が出そうになったことがありました。
怒られたわけでもないし、
責められたわけでもない。
本当に普通のやり取りだったのに、
自分の中で張っていた糸が切れそうになったんです。
そのとき初めて、
私、思っていた以上にしんどかったんだ、
と気づきました。
違和感は最初からあった。
でも、
それを認めたらまた転職活動をしないといけない。
自分の選択が間違っていたと認めるみたいで怖い。
経歴に傷がつくかもしれない。
その不安のほうが大きくて、
私はずっと動けずにいました。
でも実際には、
合わない場所に居続けて、
まだ大丈夫って自分に言い続ける時間のほうが、
ずっと心を削っていたんです。
今振り返ると、
いちばんつらかったのは
合わない会社に入ったことそのものより、
合わないと気づいてからも
すぐには動けなかったことかもしれません。
評価されると思って頑張ったのに、評価基準が曖昧すぎた
私は28歳のとき、
コールセンターのSV補佐の仕事から、
ベンチャー企業のカスタマーサクセス職に転職しました。
前職では、
毎日忙しかったけれど、
何をすれば評価されるのかは比較的わかりやすかったんです。
対応件数。
改善提案。
新人フォロー。
数字や行動で見えるものが多かったから、
大変でも、自分が今どの位置にいるのかはまだつかみやすかった。
でも、もっと先の仕事をしたい気持ちがありました。
ただ問い合わせ対応を回すだけじゃなくて、
サービスの改善に関わったり、
お客様との関係づくりを考えたり、
もう少し“前向きな仕事”をしたいと思って転職しました。
転職先の会社は、
面接の時点ではかなり魅力的に見えました。
若い会社で、
成長スピードもありそう。
個人の裁量も大きくて、
意欲がある人にはどんどんチャンスを渡したい、
という雰囲気でした。
私はその話を聞いて、
ちゃんと見てもらえる会社なのかもしれないと思ったんです。
年齢や社歴だけじゃなくて、
頑張った分だけ評価されるなら、
かなりやりがいがあるかもしれない、と。
入社して最初のころは、
実際かなり前向きでした。
覚えることは多いけれど、
新しい環境に飛び込んだ感じがして、
それなりに気持ちも上がっていました。
でも、数週間たったころから、
少しずつ違和感が出てきました。
それは、
何をどこまで頑張れば評価されるのかが、
全然見えなかったことです。
言われることはいつも前向きなんです。
主体的に動いてほしい。
オーナーシップを持ってほしい。
もっとサービス目線で考えてほしい。
そういう言葉はたくさんある。
でも、
具体的に何をすれば“できている”になるのかがわからない。
数字が明確にあるわけでもない。
役割の線引きも曖昧。
じゃあこういう提案をしたらいいのかなと思って動いても、
特に反応が薄かったり、
逆にそこまでやらなくていいと言われたりする。
私はだんだん、
頑張る方向が合っているのかどうかもわからなくなっていきました。
あるとき、
上司との1on1で、
今後どういうところを伸ばしていけばいいか聞いたことがありました。
そのとき返ってきたのは、
「もっと主体性かな」
「自分で考えて動けるといいよね」
みたいな、すごくふわっとした言葉でした。
たぶん悪気はないんです。
上司も忙しかっただろうし、
その人なりにアドバイスしてくれていたんだと思います。
でも私はそのとき、
いや、だからその“主体性”って何を指してるの、
と心の中でかなり思ってしまいました。
前職では、
しんどくても評価の軸は見えていた。
でも新しい会社では、
自由に見えて、
実際には“空気を読んで正解を探す”みたいな場面が多かったんです。
しかも、
周りにはすごく評価されているように見える人がいました。
でもその人が何をしているから評価されているのかも、
いまいち見えない。
発言の多さなのか、
上司との距離感なのか、
成果なのか、
雰囲気なのか。
全部が曖昧で、
自分だけルールの見えないゲームをしている気分になっていきました。
つらかったのは、
私はちゃんと頑張るつもりで転職したことです。
成長したくて、
評価される環境に行きたくて、
前向きな気持ちで入った。
それなのに、
評価基準が見えないだけで、
こんなにやる気って削られるんだと思いました。
ある時期から、
何をしても手応えがなくなっていきました。
提案しても、
それが評価につながっているのかよくわからない。
丁寧に対応しても、
どこまで意味があるのかわからない。
頑張っても、
結局“なんとなく雰囲気が合う人”が強いんじゃないか、
と思うようになってしまったんです。
その気持ちが出てきたころから、
私はこの会社にかなり冷めていきました。
成長できそうだと思っていたのに、
実際は評価される道筋が見えない。
ちゃんと見てもらえると思っていたのに、
基準が曖昧で、自分の立ち位置がわからない。
そうなると、
頑張りたい気持ちより、
もう考えるの疲れたな、という気持ちのほうが大きくなってしまいました。
私はこの転職で、
評価制度があることと、
自分が納得して頑張れることは全然違うんだと知りました。
“見られている”だけじゃ足りなくて、
“何を見られているかがわかる”ことが、
こんなに大事なんだと思い知らされました。
憧れていた業界に入れたのに、キラキラした空気についていけなくて冷めた
私は26歳のとき、
事務代行の会社から、
美容系の会社に転職しました。
前の仕事は安定していたけれど、
正直、そこまで好きな分野ではありませんでした。
淡々とこなす毎日で、
大きな不満はないけれど、
このままずっとここにいるのかなと思うと少し寂しかったんです。
私はもともと美容やコスメが好きで、
SNSで情報を見るのも好きでした。
だからいつか、
好きなものに近い業界で働けたらいいな、
という気持ちはずっとありました。
転職活動をしていたとき、
たまたま見つけたのが
美容ブランドの運営に関わる会社の求人でした。
仕事内容は事務寄りだったけれど、
ブランドに近い場所で働ける。
好きな世界観の中で仕事ができる。
それだけでかなり気持ちが上がりました。
面接でも、
オフィスの雰囲気は明るくて、
社員の人たちもおしゃれで、
話し方も洗練されて見えました。
私はその空気にかなり憧れたんです。
やっと自分の好きなものに近い場所で働けるかもしれない。
興味のある業界に入れたら、
毎日の気分も変わるかもしれない。
そう思って、入社を決めました。
でも、実際に入ってみると、
その“キラキラした世界”が
思っていたよりずっと居心地の悪いものに感じました。
まず、
周りの人たちのテンションが高いんです。
悪い意味ではなく、
みんな華やかで、
話題もトレンド中心で、
美容や流行に対する感度がすごく高い。
それ自体は当然かもしれないし、
その業界らしい空気なんだと思います。
でも私は、
好きではあっても、
そこまで“常にその熱量でいられる人”ではなかったんです。
新作コスメの話。
インフルエンサーの話。
休日に行ったポップアップの話。
流行っているカフェやスポットの話。
みんな本当に自然に楽しそうに話していて、
私は最初、それに頑張って合わせようとしていました。
でも、
だんだん疲れてきてしまったんです。
仕事をするだけじゃなくて、
その世界観の一員であることまで
自然に求められている感じがありました。
もちろん、誰かに強制されたわけではありません。
でも、そこに乗れていない自分だけが
少し温度低く見えるような気がして、
妙に気を使ってしまいました。
つらかったのは、
私はその業界に憧れて入ったぶん、
“合わないかもしれない”と認めるのが苦しかったことです。
入る前は、
好きなものに囲まれて働けたら楽しいと思っていた。
でも実際には、
好きなものが仕事になることで、
常にそこに熱量を持っていないといけない空気がしんどかった。
そのギャップにかなり戸惑いました。
仕事自体も、
思っていたより地味な事務作業が多かったです。
でも、それ以上に疲れたのは、
職場の空気になじむことでした。
おしゃれでいること。
感度が高いこと。
話題についていけること。
なんとなく“このブランドで働いている人っぽさ”があること。
そういうものが、
仕事のスキルとは別のところで
ずっと自分にのしかかっている感じがしました。
ある日、
社内の雑談でうまく入れなかったことがありました。
みんなが盛り上がっている話題に、
私はなんとなく薄くしか反応できなくて、
その場では笑っていたけれど、
内心すごく疲れました。
その帰り道に、
私はやっと
“この会社が好きになれない理由”に気づいた気がしました。
私はこの業界に憧れていたけど、
その空気の中で自然に呼吸できる人間ではなかった。
好きなものと、
自分がそこで働けることは別なんだ。
そう思った瞬間、
かなり一気に冷めました。
憧れの業界に入れたら、
もっと気持ちが上がると思っていました。
でも実際には、
憧れていたからこそ、
そこにうまくなじめない自分に傷ついた部分もありました。
私はこの転職で、
“好き”と“合う”は全然同じじゃないことを知りました。
好きな世界に入ることが、
必ずしも自分らしく働けることにはつながらない。
そのことに気づいたとき、
この会社への気持ちはかなり静かにしぼんでいきました。
入社してすぐ「また転職したい」と思った自分に、いちばん冷めた
私は29歳のとき、
営業事務から、
別の会社のバックオフィス職に転職しました。
前職を辞めた理由は、
仕事そのものより、
積み重なった疲れでした。
人間関係も、仕事内容も、
一つだけが決定的に悪かったわけじゃない。
でも、ずっとモヤモヤしていて、
このまま何年もいる自分が想像できなくなっていたんです。
だから転職を決めたときは、
次こそもう少し納得できる場所に行きたいと思っていました。
自分なりにちゃんと考えて、
仕事内容も、働き方も、雰囲気も見て決めたつもりでした。
新しい会社は、
条件もそこまで悪くなかったし、
面接の印象も穏やかでした。
派手な魅力があるわけではないけれど、
少なくとも前よりは落ち着いて働けるかもしれない。
そう思って入社しました。
でも、入社して驚いたのは、
思っていた以上に早く
「また転職したいかも」
という言葉が頭に浮かんだことでした。
たしか、
入社して2週目くらいだったと思います。
何か大きな事件があったわけではありません。
ただ、日々の小さな違和感が積み重なっていました。
仕事内容が思ったより単調。
職場の空気も少し重い。
上司との距離感も微妙。
質問しやすい感じでもない。
でも、決定的に最悪とも言えない。
その“絶妙な合わなさ”の中にいるうちに、
ふと
ここも違うかもしれない、
という気持ちが出てきたんです。
その瞬間、
私は会社に冷めたというより、
自分に冷めた気持ちになりました。
だって、
やっと転職したばかりなんです。
前の会社を辞めるのだって簡単じゃなかった。
面接も受けて、
考えて、
やっと決めた場所なのに、
もう次を考えてる。
そんな自分に一番がっかりしました。
私はそのとき、
なんで私はどこに行ってもこうなんだろう、
と思っていました。
前の会社がダメで、
新しい会社に期待して、
でもまたすぐしっくりこなくなっている。
それって、
会社が悪いというより、
私のほうに問題があるんじゃないかと思えてきたんです。
つらかったのは、
転職先が“そこまで悪くない”ことでした。
もし明らかにひどい会社なら、
まだ理由がはっきりします。
でも今回は、
条件も普通。
人も普通。
仕事内容も許容範囲と言えばそう。
それなのに、
自分の心だけが全然前向きにならない。
この状態がすごく苦しかったです。
私は入社してしばらく、
その気持ちを見ないようにしていました。
まだ早い。
慣れていないだけ。
また逃げたいだけかもしれない。
そう思っていました。
でも、
「また転職したい」という気持ちは
なかなか消えませんでした。
朝起きると、
今日もこの会社か、と思う。
何か嫌なことがあったわけじゃないのに、
気持ちが上がらない。
仕事が終わっても、
明日もまた同じ感じか、
と思う。
その状態が続くうちに、
私は会社だけじゃなく、
期待して転職した自分自身にも
かなり冷めていきました。
また同じことを繰り返してる。
また“今度こそ”と思って外してる。
その感覚が本当にしんどかったです。
ある日、
転職サイトのアプリを
なんとなく開いてしまったことがありました。
本気で応募するつもりじゃなかった。
でも、また求人を見ている自分に気づいた瞬間、
ものすごく疲れました。
私は何をしてるんだろう。
やっと転職したのに、
もう次を探そうとしてる。
まだ何もやり切ってないのに。
そう思ったら、
会社への失望より、
自分へのしんどさのほうが大きくなりました。
転職先で冷めるって、
会社のせいだけじゃないこともあるんですよね。
もちろん合わない部分はある。
でも、それ以上に
“また同じ気持ちになっている自分”がつらいことがある。
私はこの経験で、
入社してすぐ次を考えたくなった時点で、
もうかなり気持ちが離れていたんだと思います。
そしてそのことに気づくたび、
この会社に対しても、
この転職を選んだ自分に対しても、
静かに冷めていきました。
今振り返ると、
あのときいちばんきつかったのは、
会社を好きになれなかったことより、
もう一度期待し直す元気が自分になくなっていたことかもしれません。
転職すれば変わると思っていた。
環境が変われば気持ちも変わると思っていた。
でも、実際には
変わらないしんどさを抱えたまま
場所だけ移していた部分もあったのかもしれない。
そう思ったとき、
私は初めて、会社だけじゃなく
自分の転職の仕方そのものを見直さないといけないのかも、
と感じました。
自由な社風に惹かれて入ったのに・・・
私は27歳のとき、
保険会社の事務職から、
スタートアップ企業の営業アシスタントに転職しました。
前の会社は、
とにかくルールが細かかったんです。
何をするにも確認、
ちょっとしたことでも申請、
マニュアルどおりに進めることが大前提。
それはそれで安心感もあったけど、
だんだん息苦しくなっていました。
もっとスピード感のある環境で働いてみたい。
もう少し自分で考えて動ける仕事がしたい。
言われたことだけをこなす毎日から、
少し抜け出したい。
そう思って転職活動を始めたんです。
転職先の会社は、
面接のときからかなり自由な空気がありました。
服装もラフで、
話し方もフラット。
年齢や役職に関係なく意見を言いやすい、
裁量も大きい、
一人ひとりの判断を信じている、
そういう言葉がすごく魅力的に見えました。
前の会社の窮屈さに疲れていた私は、
その“自由さ”にかなり惹かれました。
ここならもっとのびのび働けるかもしれない。
細かいルールに縛られず、
自分らしく仕事ができるかもしれない。
そう思って入社を決めました。
入社直後は、
たしかに新鮮でした。
チャットの雰囲気も軽いし、
会議でも発言しやすそうに見える。
オフィスの空気も明るくて、
前の会社とは全然違うなと思いました。
でも、働き始めてすぐに、
その“自由”の見え方が少しずつ変わっていきました。
まず、
教える人がいないんです。
私の担当は営業アシスタントでしたが、
業務の全体像を体系的に説明してくれる人がいない。
とりあえずこのへん見ておいて、
困ったら聞いて、
あとはやりながら覚える感じで、
というスタートでした。
最初は、
まあスタートアップっぽいのかな、
とも思いました。
スピードが早い会社なら、
丁寧な研修がないのも普通なのかもしれない。
そう思っていたんです。
でも実際には、
研修がないというより、
そもそも整っていなかった。
誰がどこまで担当しているのかも曖昧。
業務フローも人によって違う。
聞く相手によって答えも違う。
優先順位すら、その場その場で変わる。
その中で、
“裁量を持って動いてほしい”
と言われても、
私はかなり困りました。
裁量って、
最低限の土台や共有があったうえで持つものだと思うんです。
でもその会社では、
土台がないまま
自己判断だけが求められている感じがしました。
ある日、
営業資料の修正と、
社内向けのデータ整理と、
急ぎの顧客対応のサポートが
同じタイミングで重なったことがありました。
私はどれを優先すべきか判断がつかなくて、
上司に確認しました。
すると、
「そのへんは自分で考えて動いてもらえると助かる」
と言われたんです。
その言い方自体はきつくなかったです。
でも私はその瞬間、
あ、私が惹かれていた“自由な社風”って、
もしかして“整っていないこと”を
きれいに言い換えていただけなのかもしれない、
と思いました。
もちろん、
全部を誰かに決めてほしいわけじゃありません。
自分で考えて動きたい気持ちもありました。
でも、
何を基準に考えればいいのかすら見えない状態で
自由と言われても、
正直かなりしんどかったです。
つらかったのは、
責任だけはちゃんとあることでした。
やり方は任される。
でも、ミスすると普通に困られる。
優先順位も自分で決める。
でも、あとから
「こっちを先にやってほしかった」
と言われる。
相談しても
「そのへんも含めて判断してもらいたい」
みたいな返しになる。
その状態が続くと、
自由というより、
ただずっと不安定な足場の上に立たされている感じでした。
私は前の会社が窮屈で転職したはずなのに、
新しい会社では別の意味で
ずっと神経を張っていました。
前の会社では、
ルールが多すぎて疲れることはあっても、
少なくとも正解は見えやすかった。
今の会社では、
正解が見えないまま
自分なりに走ることを求められる。
それが毎日続くうちに、
私は少しずつ気持ちが削られていきました。
決定的だったのは、
入社して1カ月くらいたったころ、
先輩が退職することになったときでした。
その人が持っていた業務が、
ほとんど引き継ぎされないまま
私のほうに流れてきたんです。
まだ私は自分の担当すらつかみきれていないのに、
急に範囲が広がる。
でも会社の空気としては、
“ベンチャーだからそういうこともあるよね”
で進んでいく。
そのときに私は、
もう無理かもしれない、
と思いました。
自由な社風だと思って入ったのに、
実際は放任に近かった。
裁量があると思っていたのに、
実際は支えのない状態で責任だけ増えていった。
それに気づいた瞬間、
私はかなり一気に冷めました。
転職前は、
自由な会社ならもっとラクに呼吸できると思っていたんです。
でも実際には、
何もかも自分で拾わないといけない環境のほうが、
私にはずっときつかった。
女性が多い職場なら安心だと思ったのに・・・
私は31歳のとき、
法人営業の仕事から、
女性向けサービスを扱う会社の運営職に転職しました。
前職では、
男性社員が多い環境でずっと働いていました。
露骨に差別されるわけじゃないけれど、
雑談の中でなんとなく居心地が悪かったり、
相談しづらさを感じたりすることがあって、
ずっと少し疲れていたんです。
だから転職するとき、
次は女性が多い職場もいいかもしれないと思っていました。
同じような悩みをわかってもらえそうだし、
働き方の感覚も合いやすいかもしれない。
もっと自然体でいられるかもしれない。
そう期待していました。
転職先の会社は、
実際に女性社員がかなり多くて、
面接でも柔らかい雰囲気でした。
オフィスもきれいで、
服装や髪型もみんな自由で、
なんだかすごく居心地がよさそうに見えたんです。
私は内定が出たとき、
ここなら前よりラクに働けるかもしれないと思いました。
女性が多いからこそ、
言わなくてもわかってもらえることもあるかもしれない。
少なくとも、
前の職場で感じていた
“なんとなくの居づらさ”は減るだろうと思っていたんです。
でも、入社してみると、
しんどさの種類が全然違いました。
まず感じたのは、
距離が近いぶん、
空気の変化がすごく伝わることでした。
誰と誰が仲がいいとか、
最近ちょっと関係が微妙そうとか、
誰がどんな言い方をされて落ち込んでいたとか、
そういうことが
はっきり口に出なくても
なんとなく職場全体に広がるんです。
前の職場はもっとドライでした。
そのかわり孤独さもあったけど、
人間関係がここまで
空気として漂ってくる感じはなかった。
新しい会社では、
一見みんなやさしいし、
話し方も柔らかい。
でもそのぶん、
言いたいことを直接言わない場面も多くて、
表面は穏やかなのに
水面下で気を使うことがすごく多かったです。
それだけでも少し疲れたんですが、
もっとしんどかったのは、
比べられている感じでした。
仕事の速さ。
気が利くかどうか。
見た目の整え方。
愛想のよさ。
空気の読み方。
そういうものが、
明確に評価項目としてあるわけじゃないのに、
なんとなく全部見られている気がしたんです。
しかも、
女性が多いから安心、
という私の期待とは逆に、
その場に合う“感じのよさ”みたいなものが
すごく大きく働いているように見えました。
仕事ができるだけじゃなくて、
話しかけやすい雰囲気。
場を柔らかくする反応。
ちょっとした雑談にちゃんと乗ること。
そういうところまで含めて
自然にできる人のほうが
なじみやすそうに見えたんです。
私はもともと、
そこまで雑談が得意なタイプじゃありません。
感じ悪くしないようには気をつけるけど、
常に明るく気の利いた反応を返せるわけでもない。
だから毎日、
少しずつ自分を整えて職場に入る感じがありました。
ある日、
ランチの席で
誰かの服装や髪型の話になったことがありました。
別に悪口ではないし、
軽い会話だったと思います。
でも私はそのとき、
あ、こういうふうに
見た目や雰囲気のことも
自然に話題になる職場なんだ、
と少し緊張してしまいました。
美容や服装が好きじゃないわけじゃない。
でも私は、
職場でそこまで自分の“雰囲気”を
気にし続ける働き方を望んでいなかったんです。
つらかったのは、
女性が多い職場に期待して入ったぶん、
合わないと感じる自分に戸惑ったことでした。
私は勝手に、
女性が多ければもっと安心できると思っていました。
でも実際には、
距離が近いからこその気疲れや、
比較されるしんどさがあった。
そのことを認めるのが少し苦しかったです。
もちろん、
職場の女性たちが意地悪だったわけではありません。
むしろ親切な人も多かった。
でも、
その空気の中で自然に呼吸できるかは別だったんです。
決定的だったのは、
私がある仕事で少しミスをしたあと、
表立って責められたわけではないのに、
その後の周囲の空気が少し変わったように感じたことでした。
たぶん、気のせいだった部分もあると思います。
でもそのとき私は、
この職場では
言葉にされない空気にずっと気を配りながら働くことになるのかもしれない、
と思ってしまいました。
その瞬間、
かなり気持ちが冷えました。
女性が多いことが安心につながると思っていたのに、
実際には
別の繊細さや別の疲れ方があった。
私はこの転職で、
“女性が多い=働きやすい”ではないんだと
すごく実感しました。
大事なのは人数のバランスじゃなくて、
自分が無理せずいられる空気かどうかなんですよね。
私はそのことに、
入社してからやっと気づきました。
少人数で職場内の距離が近い会社に惹かれて入ったのに・・・
私は28歳のとき、
大手企業の事務職から、
10人ちょっとの小さな会社に転職しました。
前の会社は、
規模が大きいぶん、
仕組みは整っていました。
でもそのぶん、
人との距離が遠かったんです。
部署の人とは仕事の話しかしないし、
自分が何を考えているかなんて
誰にも伝わらないまま毎日が終わる感じ。
困っていても気づかれないし、
頑張っても埋もれる。
そういう“組織の大きさゆえの冷たさ”に、
少し疲れていました。
だから転職するときは、
もう少し小さい会社もいいかもしれないと思っていました。
少人数なら連携もしやすそうだし、
自分のことも見てもらえそう。
人間関係ももう少しあたたかいかもしれない。
そういう期待があったんです。
転職先の会社は、
面接の時点でかなりアットホームに見えました。
社長も距離が近くて、
社員同士もフラット。
少人数だからこそ、
一人ひとりをちゃんと見ている、
という雰囲気がありました。
私はそこにすごく惹かれました。
大きい会社の無機質な感じに疲れていたから、
こういう距離感の職場なら
もう少し自分らしく働けるかもしれないと思ったんです。
でも、入社してみると、
その“距離の近さ”が
思っていたのとは違うしんどさになっていきました。
まず、
仕事と雑談の境目がほとんどないんです。
朝からみんなの雑談が自然に始まる。
お昼もほぼ一緒。
終業後もそのまま話が続く。
軽い飲みの流れになることもある。
それ自体を悪いとは思わないし、
仲がいい会社なんだなとも思いました。
でも私は、
毎日そこまで気持ちを開き続けるのが
だんだんしんどくなってしまいました。
休日の過ごし方。
恋愛の話。
家族の話。
最近ちょっと疲れてる?みたいなことまで、
自然に会話の中に入ってくる。
最初は、
気にかけてもらえているのかな、
と思っていたんです。
でも、
いつからか
どこまで答えるのが自然なのか、
どこからが自分の中で触れられたくない線なのか、
それをずっと考えるようになりました。
しかも少人数だから、
ちょっとした空気の変化がすぐ伝わるんです。
誰かが少し元気がない。
社長が今日は機嫌が微妙。
あの件、まだ気にしてるんだろうな。
そういうものが全部見えてしまう。
大きい会社では、
良くも悪くもそこまで一人ひとりの感情が
日常に流れ込んでくることは少なかった。
でも小さい会社では、
その日の場の空気が
そのまま自分の働きやすさに直結してしまう感じがありました。
私は次第に、
“人との距離が近いこと”と
“安心して働けること”は別なんだと思うようになりました。
つらかったのは、
少人数だからこそ断りづらいことも増えたことです。
ちょっとした飲み。
休日のイベント。
みんなでのお祝い。
業務時間外の軽い相談。
全部が“参加できたらいいよね”みたいな雰囲気で来る。
強制ではない。
でも、人数が少ないから
一人が抜けると目立つし、
断るたびにちょっと気を使う。
私はそれが思っていた以上に消耗しました。
ある日、
仕事が終わったあとに
みんなで軽くごはんに行こうという流れになったことがありました。
私はその日ちょっと疲れていて、
本当はまっすぐ帰りたかった。
でも、人数が少ないし、
私だけ帰るのもなんとなく言い出しづらくて、
結局行きました。
その帰り道に、
なんで私はこんなに気を使ってるんだろう、
と思ったんです。
あたたかい職場がいいと思って入ったのに、
今は“断れない近さ”の中で
ずっと気を張っている。
そのことに気づいた瞬間、
かなり冷めました。
私は転職前、
少人数の会社なら
もっと自分を見てもらえて、
もっと自然に働けると思っていました。
でも実際には、
近すぎる距離の中で
自分の境界線を守るのがすごく難しかった。
何でも話せる空気があることと、
何でも話したい自分でいられることは別なんですよね。
私はそのことを、
入社してからやっと知りました。
この転職で私は、
“あたたかい職場”だと思っていたものが、
自分にとっては
“境界線が薄くて疲れる職場”になることもあるんだと知りました。
そして、その違和感が積み重なった頃には、
この会社に対する気持ちはかなりしぼんでいました。
研修がしっかりしている会社だと思って入ったのに・・・
私は27歳のとき、
受付事務の仕事から、
企業の人事アシスタント職に転職しました。
前職では、
毎日の業務はだいたい決まっていて、
そこまで大きな不満はありませんでした。
でも、ずっと同じ場所で同じ流れの仕事をしていると、
この先もこのままなのかな、
もう少し先につながる経験をしたほうがいいのかな、
という気持ちが少しずつ大きくなっていたんです。
人事の仕事には前から少し興味がありました。
採用や入社手続き、
社内のサポートに関わる仕事って、
ただ作業するだけじゃなくて
人の動きや会社全体にも関われる感じがして、
やってみたいと思っていました。
転職活動で受けた会社は、
未経験歓迎で、
研修制度が整っていることを強く打ち出していました。
採用ページにも、
丁寧な育成、
段階的な研修、
未経験でも安心、
みたいな言葉がたくさん並んでいて、
私はそこにかなり惹かれたんです。
前職の経験はあっても、
人事業務そのものはほぼ未経験です。
だからこそ、
ちゃんと教えてもらえる場所に行きたかった。
最初から完璧じゃなくていいけど、
せめて順番に覚えていける環境がほしい。
そう思って、その会社に入社を決めました。
内定が出たときは、
やっと新しい職種に挑戦できる、
といううれしさが大きかったです。
不安はもちろんあったけれど、
“研修がある会社”という安心感がかなりありました。
でも、入社してみると、
思っていた“研修”とはかなり違いました。
初日は会社説明やシステムの設定があって、
そのあとは先輩の横について
業務の流れを見る感じでした。
その時点では、
最初は見学からなんだな、くらいに思っていました。
でも、2日目も3日目も、
基本的には
「これ見ておいて」
「流れは隣で見ればだいたいわかると思う」
「やりながら覚える感じで」
というスタイルだったんです。
私は最初、
まだ始まったばかりだからかな、
もう少ししたら研修資料とか
ちゃんとした説明の時間があるのかな、
と思っていました。
でも、1週間たっても状況はあまり変わりませんでした。
マニュアルは一応あるけれど、
更新されていない部分が多い。
先輩によってやり方も少し違う。
わからないところを聞けば教えてくれるけど、
最初から体系的に説明してくれるわけではない。
結果として、
“見て覚える”がずっと続いていく感じでした。
私はそこで、
あれ、研修がしっかりしている会社だと思って入ったのに、
これってただ現場任せなだけじゃない?
と思い始めました。
つらかったのは、
自分が覚えるのが遅いみたいな気持ちになっていったことです。
だって、
全体像が見えないまま細かい作業を見せられても、
何が大事で、
どこが注意ポイントで、
何から優先して覚えればいいのかがわからないんです。
でも周りは
「何回か見ればわかるよ」
みたいな感覚で進んでいく。
その中で私だけが
ずっと不安そうにしている気がして、
だんだん自分に自信がなくなっていきました。
あるとき、
採用関係の書類処理を任されたことがありました。
私は事前に見た流れを思い出しながら進めたつもりだったんですが、
途中でいくつか抜けがありました。
先輩は強く責めるわけではなく、
「ここはこの順番じゃないとだめなんだよね」
と普通に修正してくれました。
でも私はそのとき、
その順番が大事だなんて
最初から誰も説明してくれてなかったのに、
とすごく悲しくなってしまったんです。
“教えてもらっていないことをできない自分”
じゃなくて、
“ちゃんと教えてもらえていないのに、できる前提の空気にいる自分”
がすごく苦しかった。
そのころから、
私は会社に対してかなり冷め始めていました。
採用ページに書いてあった
丁寧な育成って何だったんだろう。
未経験でも安心って、
どのあたりが安心なんだろう。
そういう気持ちが少しずつ出てきて、
会社の言葉をそのまま信じて入った自分にも
ちょっとがっかりしていました。
もちろん、
先輩たちが意地悪だったわけではありません。
みんな忙しい中で、
できる範囲では教えてくれていたと思います。
でも私は、
“やさしくしてくれること”と
“ちゃんと育ててもらえること”は別なんだなと
この転職で痛感しました。
決定的だったのは、
入社して1カ月くらいたったときに、
上司から
「そろそろ一人で回せるところ増やしていってね」
と言われたことでした。
そのとき私は、
まだ全体の流れも曖昧で、
自信を持って一人でできると思える業務が
ほとんどありませんでした。
それなのに、
会社の中では
“もう1カ月たったからそろそろできるよね”
という見え方になっている。
そこにものすごく温度差を感じました。
私はその瞬間、
この会社に対してかなりはっきり冷めました。
研修がある会社だと思って入ったのに、
実際は“見て覚えて”が基本だった。
整っていると思っていたのに、
現場ごとの経験則で回っていた。
その現実がわかったとき、
この会社で安心して成長していける未来が
急に見えなくなったんです
仕事は嫌いじゃなかったのに・・・
私は32歳のとき、
ECサイト運営の事務職から、
別の会社のマーケティングアシスタント職に転職しました。
前職では、
仕事内容そのものにはそれなりに慣れていて、
大きな不満もありませんでした。
でも、ずっと同じような業務の繰り返しで、
もう少し幅のある仕事がしたい、
もう少し考える仕事に寄っていきたい、
という気持ちが強くなっていたんです。
次は、
今までの経験を活かしつつ、
もう少しマーケティングや企画に近い仕事に関われたらいいな、
と思って転職活動をしていました。
転職先の会社は、
仕事内容だけ見ればかなり理想に近かったです。
データを扱う業務もあるし、
施策の進行にも少し関われる。
今より少し先に進める感じがして、
かなり魅力的に見えました。
面接のときの直属の上司も、
一見かなり感じがよかったんです。
話し方は落ち着いているし、
柔らかい雰囲気もある。
私はその人を見て、
この人の下なら安心して働けるかもしれない、
と思っていました。
でも、入社してしばらくすると、
その上司との相性が
想像以上にしんどいことに気づきました。
何が嫌って、
ひとことで説明しにくいんです。
怒鳴るわけじゃない。
露骨にきつい言い方をするわけでもない。
でも、
言葉の端々に
「それくらい自分でわかるでしょ」
みたいな空気がある。
確認をすると、
一応答えてはくれるけれど、
少し間があったり、
返しが短かったりして、
何度も聞きづらい。
しかも指示が絶妙に曖昧でした。
このへん、いい感じにまとめて。
前回の流れを踏まえて見ておいて。
必要そうなら調整しといて。
その“いい感じ”とか
“必要そうなら”の感覚が、
私にはなかなかつかめなかった。
でも確認すると、
“細かいことをいちいち聞く人”みたいに見られそうで怖かったです。
仕事内容自体は嫌いじゃないんです。
むしろ、やってみたかった方向の仕事でした。
数字を見るのも、
資料を整えるのも、
施策の流れを追うのも、
ちゃんと興味はありました。
でも、
その仕事をするたびに
上司の顔色や返し方が気になってしまう。
そうなると、
だんだん仕事内容そのものまで重く感じるようになっていきました。
あるとき、
私なりに工夫して作った資料に対して、
上司が
「うーん、意図がちょっと違うかな」
とだけ言ったことがありました。
強い言い方ではないです。
でも私はそのとき、
何がどう違うのかを
もう少し言葉にしてほしかった。
でもその場の空気的に、
そこから深く聞き返しづらかったんです。
結局、自分で前の資料を見返したり、
他の人の作り方を見たりしながら
なんとなく合わせていくしかなかった。
その積み重ねで、
私はだんだん
“この人の正解を当てるゲーム”をしているような気持ちになっていきました。
つらかったのは、
上司以外との関係はそこまで悪くなかったことです。
同僚は普通に話しやすいし、
会社全体の雰囲気も極端に悪いわけじゃない。
だから余計に、
“このしんどさをどう説明したらいいかわからない”
という感じになっていました。
会社全体が嫌いなわけじゃない。
仕事内容も嫌いじゃない。
でも、
直属の上司とのやり取りだけで
一日中気持ちが重くなる。
その状態がずっと続くと、
仕事そのものがどんどん嫌になっていくんです。
私は入社して2カ月くらいしたころから、
朝チャットを開いて
上司からメッセージが来ているのを見るだけで
少し緊張するようになっていました。
別に怒られているわけじゃないのに、
その人から何か来るだけで身構えてしまう。
それってもう、
かなり相性がしんどい状態だったんだと思います。
決定的だったのは、
ある日の1on1でした。
私はそのとき、
少しでもやりやすくなるならと思って、
今後の業務の進め方について
もう少しすり合わせられたらありがたい、
という感じでかなり控えめに相談したんです。
でも上司は、
「まあ、そのへんは慣れかな」
「細かく合わせすぎると逆にやりづらいし」
という反応でした。
私はその返事を聞いた瞬間、
あ、この人とはたぶん
仕事の進め方の感覚がずっと合わないんだろうな、
と思いました。
そのときに一気に冷めました。
仕事内容が好きでも、
上司との相性ひとつで
毎日のしんどさってこんなに変わるんだ、
と本当に思いました。
この仕事が嫌なんじゃなくて、
この人の下でこの仕事をするのがつらい。
その感覚がはっきりした瞬間、
会社への気持ちまでかなりしぼんでいきました。
私はこの転職で、
仕事内容の魅力だけでは
働き続ける理由にならないことを知りました。
毎日いちばん近くで関わる相手との相性って、
想像していた以上に大きい。
そこが合わないと、
どれだけ興味のある仕事でも
だんだん心が離れていってしまうんだと思います。
入社早々、上司からアプローチされた・・・
私は25歳のとき、
販売職から、
小さめの広告会社の事務職に転職しました。
前職は人間関係も仕事内容も悪くなかったんですが、
シフト制の生活がずっとしんどくて、
そろそろ土日休みの仕事に移りたいと思っていたんです。
それに、
販売の仕事は好きだったけど、
この先ずっと立ち仕事を続けるのは体力的にも不安でした。
だから次は、
デスクワーク中心で、
もっと落ち着いて働ける職場がいいと思って転職活動をしていました。
転職先の会社は、
規模はそこまで大きくなかったけれど、
面接で話してくれた人たちの雰囲気が明るくて、
オフィスもきれいで、
なんとなく風通しがよさそうに見えました。
直属の上司になる人も面接に出てきて、
そのときは普通に感じのいい人だと思っていました。
話し方も軽すぎないし、
優しそうという印象のほうが強かったです。
私は内定が出たとき、
やっと生活を立て直せるかもしれない、
と思ってかなり安心しました。
事務職は未経験に近かったけれど、
ここなら少しずつ覚えていけるかもしれない。
新しいスタートとしては悪くない気がしていたんです。
でも、入社してすぐ、
その気持ちは一気に変わりました。
最初は本当に小さな違和感でした。
上司がやたら話しかけてくる。
それ自体は別におかしいことではないです。
新しく入った人に気を配ってくれているのかな、
くらいに思っていました。
でも、
話の内容が少しずつ変わっていったんです。
彼氏いるの?
休みの日って何してるの?
その服似合うね。
なんか思ってたより大人っぽいね。
最初は軽い雑談みたいな感じでした。
でも私は、その時点で少しだけ嫌な感じがしていました。
まだ入社したばかりで、
仕事のこともよくわからなくて緊張している時期に、
なんでこんなにプライベート寄りのことを聞かれるんだろう、
と思っていたんです。
しかも、その上司は
周りに人がいるときは普通なんです。
仕事の話もするし、
態度もそこまで不自然じゃない。
でも、
二人になるタイミングを見つけると、
急に距離が近くなる感じがありました。
帰り、駅どっち?
一緒に帰ろうか。
今度ごはん行こうよ。
教えることもあるし、外で話したほうが早いから。
そういうことを何度も言われるようになって、
私はだんだんかなりしんどくなっていきました。
断ればいい、
と言われたらその通りかもしれません。
でも入社したばかりで、
直属の上司なんです。
業務のこともその人に聞かないといけない。
評価にも関わる立場の人。
その相手に、
はっきり嫌ですと返すのって、
想像以上に難しかったです。
私は最初、
なるべくやわらかくかわしていました。
予定あるので。
そういうのちょっと苦手で。
またみんなでなら。
でも、そうやって濁しても、
上司は全然引かなかったんです。
むしろ、
「じゃあまた今度ね」
みたいに軽く流されて終わる。
私が嫌がっているのが伝わっていないのか、
伝わっていても気にしていないのか、
そこもすごく怖かったです。
だんだん私は、
仕事を覚えることより、
どうやってその上司と二人きりにならないかを考えるようになっていました。
チャットが来るだけで身構える。
呼ばれるたびに少し緊張する。
席の近くを通られるだけで落ち着かない。
朝会社に行くときも、
今日は何か言われるかな、
と考えてしまう。
それってもう、
仕事以前の問題なんですよね。
でもその時の私は、
まだ“セクハラ”とまでは言い切れない気がして、
自分の感じている嫌さをどう処理すればいいのかわかりませんでした。
決定的だったのは、
入社してまだ間もないころ、
仕事終わりに
「少しだけ付き合ってよ」
と半ば当然みたいな感じで言われたことでした。
その日は本当に疲れていて、
早く帰りたかった。
でも断ったら空気が悪くなるかもしれない、
明日からやりづらくなるかもしれない、
といろいろ考えてしまって、
その場で固まってしまいました。
結局そのときは、
家族と予定があると言ってなんとか帰れたんですが、
帰り道で一気に気持ちが沈みました。
私、何しに転職したんだろう。
やっと働き方を整えたくて転職したのに、
なんで新しい職場で
こんなことで神経を削られなきゃいけないんだろう。
そう思ったら、
会社に対して一気に冷めました。
仕事内容とか条件とか、
そういうの以前に、
安心して働ける場所じゃない。
そのことがはっきり見えてしまったんです。
つらかったのは、
周りに相談しにくかったことでした。
その上司は表向きには感じがいいし、
仕事もできる人という見られ方をしていた。
だから私が気にしすぎなんじゃないか、
と思ってしまう瞬間もありました。
でも、
私の中ではもう無理でした。
職場で上司を避けながら働く時点で、
その会社を好きになれるわけがなかったんです。
私はこの転職で、
どれだけ条件が普通でも、
どれだけ仕事内容が許容範囲でも、
安心して働けない相手が身近にいるだけで
全部が一気に崩れるんだと知りました。
入社早々、
上司からのアプローチに悩まされるなんて想像もしていませんでした。
でも、その想像していなかった気持ち悪さが始まった瞬間、
私はこの会社に対してかなりはっきり冷めていたんだと思います。
転職先の社長のセクハラがひどすぎた・・・
私は30歳のとき、
美容サロンの受付から、
中小企業の総務職に転職しました。
前職は女性ばかりの職場で、
人間関係の難しさもありました。
毎日細かい気づかいが必要で、
気疲れすることも多かったんです。
だから次は、
もう少し落ち着いて働ける会社に行きたいと思っていました。
転職先は、
規模としてはそこまで大きくなかったけれど、
安定していそうに見えました。
面接も丁寧で、
働く環境も前より整っていそうだった。
総務の仕事もやってみたかったので、
私はわりと前向きな気持ちで入社しました。
最初は普通だったんです。
業務も少しずつ覚えられそうだったし、
社員の人たちも表面的には穏やかでした。
このまま落ち着いて働ければいいな、
と思っていました。
でも、
社長に会うたびに少しずつ違和感がありました。
最初は、
妙にじろじろ見られる感じでした。
年齢聞いていい?
若いね。
雰囲気いいね。
そういうことをやたら言ってくる。
私は最初、
年上の男性特有の距離感のなさなのかな、
と思おうとしました。
中小企業だし、
社長との距離が近い会社もあるのかもしれない。
そう考えるようにしていたんです。
でも、
だんだんそれでは済ませられなくなっていきました。
服装のことを言われる。
見た目についてコメントされる。
「そういうタイプ好きな人多いでしょ」
みたいなことを笑いながら言われる。
肩や腕に軽く触れてくることもある。
そのたびに私は凍るような気持ちになっていました。
でも相手は社長です。
会社の一番上。
しかも周りは、
それを見ても軽く笑って流している感じがありました。
その空気が本当にきつかったです。
つまり、
初めてじゃないんだろうな、と思ってしまったから。
私が驚いていることに対して、
周りが驚いていない。
それだけで、
この会社の中では
ある程度“いつものこと”なんだとわかってしまいました。
ある日、
他に人がいないタイミングで
社長にかなり近い距離で話しかけられたことがありました。
内容は仕事とは関係ないことでした。
「ちゃんと彼氏いるの?」
みたいな話から、
「今度食事連れてってあげるよ」
みたいな流れになって、
私はその場で笑うこともできなくなってしまいました。
断るとか、
言い返すとか、
そういう言葉が出てこなかったです。
ただ早くその場が終わってほしかった。
あとから思えば、
もっとはっきり拒否してもよかったのかもしれない。
でもその時の私は、
相手が社長というだけで
頭が真っ白になっていました。
入社したばかりで立場も弱いし、
何か言って自分が悪者になるのも怖かったです。
それから私は、
社長の気配がするだけで緊張するようになりました。
出社して社長室のドアが開く音がすると身構える。
呼ばれたら嫌だなと思う。
廊下ですれ違いたくない。
そういう状態で毎日働くのって、
想像以上にしんどかったです。
仕事内容とか人間関係とか、
そういうレベルじゃなかった。
会社のトップがそれをしてくるという時点で、
この会社は私を守らないんだと
かなり早い段階でわかってしまいました。
つらかったのは、
相談できる相手がいないことでした。
人事に言う?
でもその人事も社長の部下です。
直属の上司に言う?
でもたぶん知っている気がする。
もし大ごとにしたら、
この規模の会社で働き続けるのはかなり難しくなる。
そう考えると、
誰にも言えませんでした。
でも、
言えないまま我慢して働くには、
あまりにきつかったです。
ある日、
社長がまた軽い感じで
見た目のことを言ってきたとき、
周りが苦笑いみたいな反応をしていたんです。
止めるわけでもなく、
空気を変えるわけでもなく、
ただ流す。
その場面を見た瞬間、
私はもうこの会社そのものが無理だと思いました。
社長がひどいだけじゃない。
それを止めない会社ごと無理だ、
と思ったんです。
私は前職を辞めるとき、
もっと落ち着いて働ける環境を求めていました。
でも転職してみたら、
今度は会社のトップから
不快な言動を受けるようになった。
その現実が本当にしんどかったです。
私はこの転職で、
職場の安全って
制度や条件じゃなく、
そこで力を持っている人が
どんなふうにふるまうかで一気に壊れるんだと知りました。
社長のセクハラがひどい会社なんて、
どれだけ他が普通でも無理でした。
そしてそれに気づいた頃には、
私はその会社に対して
ほとんど何の期待も持てなくなっていました。
憧れていた女性上司が、不倫してた・・・
私は26歳のとき、
アパレルの本社事務から、
食品メーカーの営業事務に転職しました。
前職では、
仕事は忙しかったけれど、
ロールモデルになるような女性があまりいませんでした。
年齢を重ねても楽しそうに働いている人とか、
ちゃんと仕事ができて、
でもどこか無理していない感じの女性上司とか、
そういう存在がほしかったんです。
だから転職するとき、
私は仕事内容だけじゃなく、
どんな女性が働いているかもかなり見ていました。
新しい会社で面接に出てきた女性の上司は、
まさに憧れる感じの人でした。
仕事ができそうで、
話し方も落ち着いていて、
でも冷たすぎない。
見た目も整っていて、
大人の余裕みたいなものがある。
私はその人を見たとき、
こういうふうに働ける女性になれたらいいな、
と本気で思ったんです。
内定が出たとき、
仕事内容ももちろんうれしかったけれど、
あの人の近くで働けることがかなり楽しみでした。
こういう上司がいる会社なら、
職場の空気も落ち着いているのかもしれない。
自分も少しずつ学べるかもしれない。
そう期待していました。
入社してしばらくは、
実際にその上司のことをすごいと思っていました。
判断が早いし、
言うことも的確。
周りからの信頼も厚そうで、
やっぱりこの会社に来てよかったかも、
と思っていたんです。
でも、
少しずつ妙な違和感が出てきました。
その上司と、
年上の重役の男性との距離が
なんとなく近すぎる気がしたんです。
最初は本当に些細なことでした。
二人だけ妙に親しげ。
社内でのやり取りの空気が少し特別。
他の人がいないときの距離感が違う。
でも私は、
単に長く働いていて信頼関係があるだけかもしれない、
と思っていました。
そう思いたかった、
というほうが近いかもしれません。
でも、
周りの女性社員たちの会話の中で
少しずつそれっぽい話が見えてきたんです。
はっきり言葉にする人はいない。
でも、
「あの二人、昔からだよね」
みたいなニュアンスのことがふわっと出る。
何かの拍子に
苦笑いと一緒に空気が変わる。
その感じで、
私はだんだん察してしまいました。
そしてあるとき、
決定的に
あ、これはたぶん本当なんだ、
と思う場面を見てしまいました。
詳細は書かないけれど、
業務とは関係ないところでの二人の距離感が、
どう考えても普通の上司と重役には見えなかったんです。
その瞬間、
私は本当に一気に冷めました。
ショックだったのは、
不倫そのものだけじゃありませんでした。
もちろんそれもかなり嫌でした。
でもそれ以上にしんどかったのは、
私が勝手に理想を重ねていた相手の見え方が
一瞬で変わってしまったことでした。
私はその女性上司に、
仕事ができて、
ちゃんと自立していて、
女性としても自然体で素敵な人、
みたいなイメージを持っていました。
でも、その裏で
職場の重役との関係があると知ってしまった瞬間、
何を信じて見ればいいのかわからなくなりました。
もちろん、
その人が仕事で努力してきた部分まで
全部嘘だとは思いません。
実際、能力がある人なのも本当だと思います。
でも私の中では、
“この人みたいになりたい”
という気持ちは一気に消えました。
しかもきつかったのは、
その空気を周りがなんとなく知っていて、
でも見て見ぬふりをしている感じがあったことです。
つまり、
職場の中では完全な秘密でもない。
でも誰もはっきり言わない。
その曖昧さがすごく気持ち悪かったです。
会議でその重役が話しているのを聞いても、
もう純粋に仕事として見られない。
その女性上司が褒められていても、
どこかで
“それだけじゃない関係”を思い出してしまう。
私はその時点で、
会社の中の見え方全部が少しずつ濁っていく感じがしました。
つらかったのは、
私はその上司にかなり期待して入社したことでした。
仕事内容だけじゃなく、
あの人がいるからこの会社に惹かれた部分もあった。
女性としての働き方の理想みたいなものを
勝手に重ねていた。
だから、そのイメージが崩れたときの反動が大きかったです。
ある日、
その上司が私に
「仕事は結局、ちゃんと自分で立たないとだめだから」
みたいなことを言ったことがありました。
以前なら
素敵な言葉だなと思ったかもしれない。
でもそのときの私は、
その言葉をまっすぐ受け取れませんでした。
その瞬間、
私はもうかなり冷めきっていたんだと思います。
不倫の当事者かどうかなんて、
本来はその人たちの問題かもしれません。
でも、
それが職場の中の空気や信頼感まで壊しているなら、
こっちにはちゃんと影響がある。
私はそう思いました。
私はこの転職で、
職場で誰かをロールモデルにすることの危うさも知りました。
勝手に憧れて、
勝手に理想を重ねて、
でも現実を知ったときに
その会社ごと嫌になってしまうことがある。
憧れていた女性上司が、
職場の重役のおじさんと不倫していた。
その事実を知ったとき、
私はその人だけじゃなく、
その空気を飲み込んで回っている会社全体に
かなり強く冷めてしまいました。
職場での蛙化現象って???
体験談を通してまず感じたのは、
職場で起きる蛙化現象って、
ただの「職場不満」ではないということでした。
不満という言葉だけだと、
仕事がきついとか、
人間関係が悪いとか、
待遇が悪いとか、
そういう単純な問題に見えます。
でも実際に体験談を並べてみると、
もっと感情の奥にあるものが傷ついているんですよね。
たとえば、
仕事内容が違いすぎた体験談。
教えてもらえると思ったのに放置された体験談。
フルリモートに憧れたのに孤独だった体験談。
社風が合わなかった話や、
評価基準が曖昧だった話、
女性が多い職場に安心を求めたのに逆に疲れた話、
制度に惹かれたのに使える空気じゃなかった話、
そしてセクハラや不倫のような
職場の気持ち悪さに直面した話まで、
冷める理由自体は本当にバラバラでした。
でも、
どの話にも共通していたのは、
最初に“いいかもしれない”と思っていたことです。
ここなら前より働きやすいかもしれない。
この会社ならちゃんと見てもらえるかもしれない。
この上司なら安心して働けるかもしれない。
この業界なら楽しく働けるかもしれない。
この制度があるなら、今より自分らしく生きられるかもしれない。
そういうふうに、
転職先や新しい職場に、
少しでも希望を重ねて入っている。
つまり、
職場の蛙化現象がつらいのは、
相手を最初から嫌だと思っていたわけではなく、
むしろ“好きになれるかもしれない”と思っていたところから始まるからなんです。
この感覚って、
かなり恋愛に近いところがあると思います。
見た目とか条件だけじゃなく、
「この人なら大丈夫そう」
という安心感を持って近づいたのに、
接していくうちに違和感が積み重なって、
ある日、急に気持ちが引いてしまう。
職場でも同じで、
求人票や面接、口コミ、制度、会社の雰囲気、
上司の話し方、オフィスの空気、
そういうものから
「ここなら前よりいいかも」
というイメージを作るんですよね。
でも、
実際に働いてみると、
そのイメージの中身が少しずつ剥がれていく。
広報だと思っていたら営業サポートだった。
育成前提だと思っていたら見て覚える文化だった。
自由な社風だと思っていたら放任だった。
女性が多いから安心だと思っていたら、
空気の重さと比較のしんどさがあった。
人がいい会社だと思っていたら、
優しいだけで誰も守ってくれなかった。
憧れの上司がいたから頑張れそうだと思ったのに、
現実を知ったらその人をまっすぐ見られなくなった。
この“イメージの崩れ方”が、
普通の職場不満よりずっと深く刺さる理由なんだと思います。
ただ忙しいだけなら、
まだ「仕事だから」で整理できることもあります。
ただ給料が低いだけなら、
条件面の問題として言葉にしやすい。
でも職場の蛙化現象は、
そういう表面的な問題だけじゃなくて、
その会社に対して持っていた信頼とか期待とか、
そこでなら自分が少し報われるかもしれないと思っていた気持ちまで、
一緒に崩れてしまう。
だから冷めたとき、
会社だけじゃなくて、
会社を信じた自分にまでがっかりしてしまうんです。
しかも厄介なのは、
この冷め方がすごく静かだということです。
大事件が起きて一瞬で嫌いになるというより、
毎日の中で少しずつ
「あれ?」
が増えていく。
その「あれ?」を
最初は見ないふりする。
考えすぎだと思おうとする。
まだ慣れていないだけだと自分に言い聞かせる。
でも、
仕事内容が違う。
上司の距離感がおかしい。
誰もちゃんと教えてくれない。
制度はあるのに空気が使わせてくれない。
職場全体が諦めている。
評価の正解が見えない。
その小さな違和感が減らないまま積み重なると、
ある日ふっと、
もうこの会社を好きにはなれないかも、
という感覚に変わる。
つまり職場での蛙化現象とは、
“嫌なことがあった”というより、
“期待していた相手の輪郭が、日々の現実の中で静かに崩れていくこと”
だったんだと思います。
そしてこの崩れ方は、
外から見えにくい。
周りから見れば普通に出社しているし、
普通に仕事をしているように見える。
でも本人の中では、
もう気持ちはかなり離れている。
その見えにくさも含めて、
職場の蛙化現象はすごくしんどいものだったと感じます。
体験談を総括すると、
職場での蛙化現象は、
会社の欠点を見つけた瞬間というより、
「ここなら大丈夫かも」と思っていた自分の期待が、
現実によって少しずつほどけていく現象だった。
だからこそ、
ただの不満以上に、
静かで深い傷として残りやすい。
まずそのことが、
体験談全体を通して見えてきた、
いちばん大きな土台だったと思います。
冷めているのに働き続けるのがいちばん苦しい!!
体験談を読んでいて、
本当に何度も出てきたのが、
冷めたあとすぐに離れられない苦しさでした。
これがたぶん、
職場での蛙化現象を
普通の“嫌な思いをした経験”より
ずっとしんどくしている部分なんだと思います。
恋愛なら、
気持ちが冷めたときに距離を取る選択肢が比較的見えやすいことがあります。
もちろん簡単じゃないけれど、
会わない、連絡を減らす、別れる、
という方向に気持ちを動かしやすい。
でも職場はそうはいきません。
生活がかかっている。
収入がある。
履歴書に残る。
短期離職への不安がある。
周りにも転職を報告している。
やっと決まった職場なのに、
また違ったなんて認めたくない。
そういう現実が全部のしかかってくる。
だから、
職場で蛙化現象が起きても、
多くの人はすぐに離れません。
離れられないまま、
冷めた状態で出社を続ける。
ここが一番きついんですよね。
たとえば、
仕事内容が違うと気づいた人は、
毎日仕事をするたびに
「これじゃなかった」
を思い知らされる。
教えてもらえない人は、
毎日職場にいても居場所がない感じを抱えたまま過ごす。
社風が合わない人は、
会社の空気を吸うだけで疲れる。
上司が無理な人は、
その人から連絡が来るだけで身構える。
制度が使えない空気に気づいた人は、
毎回ちょっとした希望を出すたびに気を使う。
セクハラや不倫のような気持ち悪さを知ってしまった人は、
会社そのものをまっすぐ見られなくなる。
つまり、
冷めたあとも、
その“冷めた理由”に毎日触れ続けることになる。
これってかなり消耗します。
しかも、
多くの体験談に共通していたのは、
本人が自分の違和感を最初は軽く見積もっていることでした。
まだ慣れてないだけかもしれない。
入社してすぐだし仕方ないかもしれない。
どこの会社にも多少あるのかもしれない。
自分の期待が大きすぎただけかもしれない。
このくらいで辞めるのは早すぎるかもしれない。
そうやって、
何度も自分の感覚を後ろに下げるんです。
でもその間にも、
心は少しずつしんどくなっていく。
この“自分の感覚を後回しにする時間”が、
本当に苦しいんだと思いました。
特に、
「経歴に傷がつくのが怖い」
という気持ちは強かったです。
すぐ辞めたら次に響くかもしれない。
履歴書で不利になるかもしれない。
また転職活動をやり直すのはきつい。
やっと決まったのにもったいない。
そうやって、
違和感があるのに居続ける理由を自分の中で作ってしまう。
でも皮肉なことに、
その期間が長くなるほど、
心の傷も深くなりやすいんですよね。
冷めているのに笑う。
しんどいのに平気なふりをする。
周りには「新しい職場どう?」と聞かれて、
まだ様子見かな、なんて答える。
でも本当は、
かなり早い段階で気持ちは離れている。
この二重の状態って、
ものすごく疲れます。
しかも、
冷めたあとに働き続ける時間の中で、
会社への失望が
自分への失望にも変わっていくことがあるんです。
なんでこんな会社を選んだんだろう。
なんであんなに期待したんだろう。
また見誤ったのかな。
私って何度選んでもダメなのかな。
そういうふうに、
最初は会社に向いていた視線が、
だんだん自分に向いてしまう。
これが本当につらい。
会社が合わなかった、
ただそれだけの話かもしれないのに、
冷めてからもそこに居続けると、
いつのまにか
“会社に失望した自分”ではなく
“またうまく選べなかった自分”みたいに感じ始める。
体験談の中には、
このしんどさがかなりはっきり出ていました。
さらに言うと、
職場って簡単に本音を出せない場所でもあります。
冷めていることを誰にも言えない。
相談できても、
「どこもそんなものだよ」
「もう少し続けてみたら」
と返されることもある。
わかりやすいパワハラや違法性があるわけじゃないと、
自分のつらさを正当化しにくい。
その結果、
気持ちだけがどんどん内側にこもっていく。
体験談を通して見えてきたのは、
職場での蛙化現象が深く残るのは、
冷めること自体より、
冷めたあとも働き続ける時間があるからなんだということでした。
冷めた瞬間はひとつでも、
そのあと毎日
「あ、やっぱり違う」
を確認しながら働くことになる。
それに加えて、
生活、経歴、周囲の目、自分への失望まで重なる。
それはかなり重いです。
だから、
職場の蛙化現象を経験した人が
単に「職場に幻滅した」というだけでは済まないのも当然なんですよね。
そこには、
冷めたあとに耐えた時間のぶんだけの傷がある。
笑って通った日、
見ないふりをした日、
「まだ大丈夫」と自分に言い聞かせた日、
その全部が積み重なっている。
そして総括すると、
この“冷めているのに働き続ける時間”こそが、
職場での蛙化現象を
一番しんどい体験にしている核心だったと思います。
冷めたこと自体は、
もしかしたらただのサインだったのかもしれない。
でも、そのサインを抱えたまま
すぐには動けない現実がある。
そこが、
恋愛の蛙化現象よりもっと重く、
もっと静かに心を削るところだったように感じます。
期待していたぶんだけ、冷めたときの反動は大きい!
体験談を振り返って、
やっぱりすごく大きかったのは
“期待していたぶんだけ冷めた”
という構図でした。
最初から怪しいと思っていた会社ではない。
最初から妥協して入った職場でもない。
むしろ、
かなり真剣に選んでいるんですよね。
面接の雰囲気を見て、
口コミを見て、
条件を比較して、
制度を確認して、
仕事内容も何度も読み込んで、
“ここなら前よりいいかもしれない”
と自分なりに思えたからこそ入っている。
だから、
冷めたときに出てくる感情って、
ただの怒りや不満だけじゃないんです。
その会社に向けていた期待の大きさぶんだけ、
しぼむ感じがある。
ここがすごく特徴的でした。
たとえば、
ホームページや制度を信じて入った人。
女性が多い環境に安心を重ねていた人。
自由な社風に憧れた人。
憧れの上司がいたから頑張れそうだと思った人。
好きな業界だから働けるだけで楽しいはずだと思った人。
年収が上がれば報われると思った人。
穏やかに暮らせるようになると信じて
年収ダウンを受け入れた人。
そういう人ほど、
現実とのズレを知ったときの落差が大きかった。
この落差がつらいのは、
会社に対してだけじゃなく、
自分の希望まで一緒にしぼんでしまうからだと思います。
今度こそ、と思っていた。
やっと変われるかもしれないと思っていた。
前より自分らしく働けるかもしれないと思っていた。
その気持ちがあったから転職や入社を頑張れたのに、
実際にはまた違った。
そうなると、
会社への失望と同時に、
希望を持っていた自分にも痛みが返ってくるんですよね。
ここが、
ただの職場不満と大きく違うところだと感じます。
しかも、
“いい会社そうだったのに”
というタイプの冷め方は、
周りに理解されにくいことも多いです。
だって外から見れば、
制度もある。
福利厚生もある。
人も穏やかに見える。
会社の規模も悪くない。
年収も前よりいい。
オフィスもきれい。
職種も前より希望に近い。
それなのに何が不満なの、
と思われやすい。
でも実際には、
“よさそうに見えること”と
“自分がそこで自然に働けること”は
全然同じじゃないんですよね。
そのズレこそが蛙化現象の核だったと思います。
たとえば、
自由な会社に見えても、
支えがないだけなら苦しい。
制度が整っていても、
使うたびに気を使うならしんどい。
やさしい人が多くても、
誰も守ってくれないなら安心できない。
女性が多くても、
距離感が近すぎたり空気が重かったりすれば疲れる。
年収が上がっても、
未来が見えないなら不安になる。
好きな業界でも、
そこで自然に呼吸できないなら続かない。
つまり、
職場への期待って、
条件や見た目のよさだけじゃなく、
そこで働く自分の未来のイメージなんです。
私はここなら大丈夫そう。
ここなら前よりちゃんとやれそう。
ここなら無理しすぎなくて済みそう。
そのイメージが持てたからこそ、
人は新しい場所を選ぶ。
だからそのイメージが壊れたとき、
反動が大きいのは当然なんですよね。
さらに大きいのは、
期待していた自分を恥ずかしく感じてしまうことです。
あんなに嬉しかったのに。
家族にも友達にも報告したのに。
やっと決まったって安心していたのに。
自分でも、今度こそと思っていたのに。
それなのに入社してから冷めてしまうと、
そのとき喜んでいた自分まで
少し居心地の悪い存在に感じる。
これ、すごくつらいと思います。
本当は、
期待したこと自体は何も悪くないはずです。
転職や就職をするときに
今よりよくなってほしいと願うのは自然なことだし、
少しでも希望を持たないと
新しい場所になんて飛び込めない。
でも、
現実がそれを裏切ったとき、
人はつい
「期待しすぎた自分が悪かったのかも」
と考えてしまうんですよね。
体験談の中でも、
最後に残る感情として
この“期待していた自分がつらい”が
かなり強く出ていました。
会社に怒って終わるというより、
あんなに信じた自分が苦しい。
また同じように期待してしまった自分に冷める。
もう次に希望を持つ元気がない。
そういう静かな疲れ方です。
だから、
「いい会社そうだったのに」が
一番刺さるんだと思います。
総括すると、
職場での蛙化現象が深く残るのは、
期待していたぶんだけ、
現実を受け止めたときの反動が大きいからでした。
悪い会社に当たって嫌だった、
という単純な話だけではない。
むしろ、
“よさそうに見えた会社が、自分には合わなかった”
“希望を重ねた相手が、想像していた相手ではなかった”
その事実が、
心の中でかなり長く響いてしまう。
そこが体験談全体を通して見えた、
すごく大きな共通点だったと思います。
職場での蛙化現象は「失敗」ではなく、自分の本音がいちばん見えた瞬間だった
ここまでの体験談を総括してきて、
最後にいちばん大事だと思うのは、
職場で蛙化現象を起こしたこと自体を
単純な失敗で終わらせなくていい、
ということです。
もちろん、
体験としてはかなりつらいです。
期待していたぶん傷つくし、
冷めたあともすぐには離れられないし、
自分の見る目がなかったのかもと落ち込むこともある。
だから、
「いい経験だったね」
みたいに軽く言いたいわけではまったくありません。
でも、
体験談全体を見ていると、
冷めたことで初めて見えた本音が
ものすごくたくさんあったんですよね。
自分は何を求めていたのか。
何があれば安心できたのか。
何があると呼吸が苦しくなるのか。
どんな社風なら消耗するのか。
どんな距離感なら無理なく働けるのか。
制度そのものより、
制度を自然に使える空気のほうが大事なのか。
人が優しいことだけでは足りなくて、
守ってくれる仕組みや人も必要なのか。
好きな業界、自由な会社、女性が多い職場、
年収アップ、安定、やりがい、
そういう言葉より前に、
自分にとって本当に必要だったものは何だったのか。
これって、
頭で考えているだけでは見えないことが多いです。
実際に入って、
実際に違和感を感じて、
実際に冷めたからこそ、
「私はこれが無理なんだ」
「私はこういう空気だと疲れるんだ」
がかなりはっきりしてくる。
たとえば、
リモートが理想だと思っていた人が、
本当に欲しかったのは
“人と関わらない働き方”ではなく
“無理のない関係の中で働くこと”だと気づいたように。
女性が多い会社を安心材料にしていた人が、
人数の属性より
距離感や比較されない空気のほうが大事だと知ったように。
制度や福利厚生を重視していた人が、
制度の有無ではなく
それを自然に使える文化のほうが大切だと気づいたように。
年収アップを成功だと思っていた人が、
本当に欲しかったのはお金だけでなく
未来への手応えだったと気づいたように。
憧れの上司や好きな業界に惹かれていた人が、
“好き”と“自分に合う”は別だと知ったように。
冷めるという経験は、
たしかに痛いです。
でもその痛さの中には、
かなり正直な自己理解が詰まっているんですよね。
そして、
それを見失わないことが
すごく大事なんだと思います。
職場で蛙化現象を起こすと、
どうしても
「自分がまた選び方を間違えた」
「我慢が足りなかったのかもしれない」
「期待しすぎた自分が悪かった」
という方向に考えがちです。
でも、
体験談を総括して感じるのは、
むしろ逆だということです。
冷めたということは、
自分の心が
「ここは違う」
「この働き方では苦しい」
とかなり正直に反応していたということなんですよね。
それは甘えでも、
わがままでもなくて、
自分の働き方の土台を守るための感覚だったとも言える。
もちろん、
どこへ行っても完璧な職場はないです。
多少のズレや不満はどこにでもある。
でも今回の体験談に出てきた違和感は、
ただの小さな不満ではなく、
その人の毎日を削るレベルのものばかりでした。
そこにちゃんと冷めたことは、
むしろ感覚が壊れていなかった証拠でもあると思うんです。
総括すると、
職場での蛙化現象は
「会社に幻滅した経験」であると同時に、
「自分の本音がいちばんはっきり見えた経験」でもありました。
私は何を期待していたのか。
何に裏切られたと感じたのか。
なぜそこがそんなにつらかったのか。
何があればもう少し呼吸がラクだったのか。
そこをたどっていくと、
次に職場を選ぶときの軸がかなり変わってくるはずです。
だから、
この体験談全体を最後に一言でまとめるなら、
職場での蛙化現象とは
“理想の職場像と現実の毎日がズレたときに起こる、静かな気持ちの終わり”
であり、
同時に
“自分にとって本当に大事な働き方があぶり出される瞬間”
でもあった、ということだと思います。
会社に冷めたことはつらい。
期待していたぶんだけ、なおさらつらい。
でも、その冷め方の中には、
次に同じように苦しまないための本音が
かなりたくさん埋まっている。
体験談を通して見えてきたのは、
まさにそのことでした。
だからこそ、
職場で蛙化現象を経験したことを
ただの黒歴史みたいにしまわなくていい。
痛かった経験ではあるけれど、
その痛みの形にはちゃんと意味があった。
そう思えることが、
最後の総括としていちばん大事なんじゃないかと感じます。
